アフォーダンス 小橋 昭彦 2002年2月11日 東京大学情報学環の佐々木正人教授らの編集による『アフォーダンスと行為』を読みつつ、行動について思いをめぐらす。アフォーダンスという言葉は、環境が動物に提供するもの、といった意味で、たとえばコーヒーカップの取っ手はぼくた […]
おねしょ 小橋 昭彦 2002年2月6日 4歳も間近になって、このところほとんどしないけれど、1年ほど前まで、子どもがおねしょをするたび、親が試されているような気になったものだ。シーツを洗ったり布団を干したりとあわただしい朝になる。といって、しかっても仕方ない […]
男と女の違い 小橋 昭彦 2002年2月4日 抗生物質はバクテリアだけでなくウィルスも殺す。正解か誤りか。これが誤りと答えられた日本人は4人に1人もいないという。科学技術政策研究所の調査だ。同じ質問を米国人に問いかけた全米科学財団の調査では約半数の人が正解している […]
オーカーの文様 小橋 昭彦 2002年1月31日 7万7000年前、ヒトが抽象的な模様を描いていた。そんな記事が目に留まる。記事には、新人の起源が従来より古いという分子遺伝学の仮説にあう発見として、このことを報じている。 はじめにことばありき。この有名な一説にあるよう […]
インセクト・テクノロジー 小橋 昭彦 2002年1月27日 久しぶりに「千年持続する」という言葉に出会った。東京農業大の長島孝行助教授のインタビューの中でのことだ。千年持続学会の設立準備委員とあり、納得する。 インタビューは、絹糸の研究についてのものだった。絹糸といえばカイコや […]
強く、やさしく 小橋 昭彦 2002年1月24日 あれは会社員時代、勤めていた研究所が所属する研究所団地の合同新年会があって、ぼくも出席したのだった。アトラクションのひとつに企業対抗豆つかみ競争があって、大皿の黒豆を決められた時間内に箸でどれだけチームの皿に移せるかを […]
暖をとる 小橋 昭彦 2002年1月21日 2月のUターンを前にして、心配ごとのひとつは寒さだ。京都から2時間弱、北国というほどではないし、成長するまで育った土地ではあるけれど、10年あまりも離れていると身体が寒さを忘れている。 子どものころは行火(あんか)を足 […]
心を知る 小橋 昭彦 2002年1月17日 近所の家電販売店の1階にペットロボットが置かれていて、子どもを連れて行くたび、ひとしきり眺めている。眠っているときもあればじゃれているときもある。メーカーの説明によれば、そのロボットは、喜び、悲しみ、怒り、驚き、恐怖、 […]
適応拡散 小橋 昭彦 2002年1月13日 少年時代に読んだ学習雑誌の「きみたちの同級生は170万人以上いる」という見出しがいまだに忘れられない。人数そのものはうろ覚えだが、1965年生まれだからほぼそんなものだ。子ども心には「とにかくいっぱい」くらいの意味しか […]
うま 小橋 昭彦 2002年1月10日 届いた賀状の図案の数々を見ていて、なるほど今年はうま年だったかとあらためて気づく。昨年12月には奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳を調査していた桜井市教委から、周濠(しゅうごう)で見つかった遺物が木製のあぶみだったと発 […]
みち 小橋 昭彦 2002年1月6日 京都駅そばにオープンした「京の道資料館」に足を伸ばす。100平方メートルあまりと小さな施設で、展示物は多くない。床にある約半世紀前の京都の市街地図がその上に立つものを、タイムマシンで上空から眺めているような、不思議な気 […]
車輪に乗る 小橋 昭彦 2001年12月19日 世紀の発明として話題を呼んだ「ジンジャー」の正体が明らかになった。セグウェイと名づけられた立って乗る二輪車。20世紀を支配した自動車、あるいは便利で環境にもやさしいといわれる自転車に並んで利用されるようになるかどうか。 […]