小橋 昭彦 2002年1月24日

 あれは会社員時代、勤めていた研究所が所属する研究所団地の合同新年会があって、ぼくも出席したのだった。アトラクションのひとつに企業対抗豆つかみ競争があって、大皿の黒豆を決められた時間内に箸でどれだけチームの皿に移せるかを競う。
 豆は、弱く持つと滑り落ちる、強くはさむと逃げていく、逃げていく先は予測できないから、コントロールしづらい。人間はこうした状況をコントロールするとき、ぐっと力を入れて抵抗力を高める。コーヒーを運んでいるときもそうだ。抵抗力には方向性があって、前後には強いけれど、横からは弱い。背中からぶつかられたときより、横からぶつかられたときのほうが、コーヒーをこぼしやすいのはこのためだ。
 とはいえ、コーヒーをこぼさないという目的は比較的コントロールしやすいもので、安定した状態と呼ばれる。豆つかみはより難しく、不安定な状態。従来はこうした微妙な制御は人間にはできないとされていた。でも、人はこんな状態でも、練習を重ねることによって巧みに操ることができるようになる。科学技術振興事業団の川人学習動態脳プロジェクトが明らかにした。
 硬いものを壊すときは強く、子どもをなでるときはやさしく、対象が大きくても小さくても、人は柔軟に自分の行動を制御する。岩波の『認知科学の新展開』というシリーズの一冊に、人間は指の関節まで入れた精密なモデルでは全身で244の自由度を持つとあった。これらを総合的に制御して、ぼくたちは外部要因と接している。
 夜中、なんどか寝覚めて、はねのけている子どもの布団をなおす。なおしつつふと、自分の幼いとき、一緒に寝ていた祖母が夜中、やはり布団をかけてくれていたことを思い出した。今も昔も、変わらないものがある。そんな思いが胸に満ち、布団からのぞく小さな子どもの頭を、そっとなでた。

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6 thoughts on “強く、やさしく

  1. マメつかみは小学校のころに先生にやらされました。
    理由はよく覚えていないのですが、確か何かが良くなる(集中力が良くなるのだったかなあ…?)からみんなで練習しようということだったように思います。

    直径30cmくらいのプラスチックの入れ物にどーんとマメが入っていて、昼休みとかにそれを一掴みお皿に取り、違うお皿に箸で移して遊んでいました。

    結構うまくなりましたよ(笑)。
    今ではかなり早いと思います。
    もちろん最初はつるつる滑らせてしまってこぼしてました。
    教室には硬い大豆の粒が何個も落ちていてよく踏んだものです。

    何かこのコラムを見たら、そんなことを懐かしく思い出したのでコメントさせていただきました。

  2. 豆つかみと聞いて、私がまだ若かりし頃、某一流ホテルにバイトに行った時のことを思い出しました。最初にやらされたのが、サーバー(大きなスプーンとフォーク)で小さな豆とオシボリを掴み、別のお皿に運ぶ練習でした。大きなスプーンとフォーク両方を片手に持ち、箸で物を掴むのと同じ要領でやるのですが、スプーンとフォークが大きくて重いので、まず開くこと(お箸のように)が難しいのです。でも何回も繰り返すうちにサーバーの大きさと重みに慣れ、豆も少しずつ掴めるようになりました。上手に出来るようになった時の嬉しかったこと。何でも諦めずに練習(努力)すれば、人間そこそこの事は出来るのだなぁと、まだ社会人一歩手前のハイティーンの私は、初めて労働の喜びと誇りのようなものを感じました。難しいと分かっていても、兎に角精一杯やってみること。何時も前向きに、プラス思考で生きていく、この私の基本姿勢はその経験が基になっているのかもしれません。

  3. いつも楽しく読ませていただいています、子供が良く登場しますね、かなりの子煩悩とみました。私も同じ、よくわかります^^

  4. はい、子どもと生活するために辞職届を会社に出したほどですから。はは。

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