東京大学情報学環の佐々木正人教授らの編集による『アフォーダンスと行為』を読みつつ、行動について思いをめぐらす。アフォーダンスという言葉は、環境が動物に提供するもの、といった意味で、たとえばコーヒーカップの取っ手はぼくたちに持つことをアフォードしている、といったように表現する。
アフォーダンスは、物体そのものを分析しても見えてこない。コーヒーカップだって、状況によって持ち上げることをアフォードしたり飲むことをアフォードしたりするわけで、ぼくたちの行為と不可分だ。同様に、ぼくたちの行為もまた、環境と対話を繰り返しつつ完遂される。
思い出したのは科学技術振興事業団が開発した人工現実感による機能障害回復システムだった。機能障害を回復するとき、運動機能のリハビリテーションだけではなく、感覚機能と協調させると効果的だという。その感覚部分を、人工現実感で補うシステム。まさに、人間が環境とやりとりしつつ動いていることに着目したシステムだと思った。
闇の中で揺れ動く紐に触れて、どうしてその長さまでわかるのか。従来の考え方は、ある瞬間に受けた刺激が構成されることで、紐という認識に至るという理解だった。それでは、動きは認知にとってノイズになってしまう。紐の長さは、むしろ動かすことで把握できるのに。そこでこう考える。一連の変化する動きの中に持続する不変項があって、それが情報として処理され、認知につながるのだと。なんだか納得だ。
たたいただけで缶詰の品質を見分ける打検士という職業がある。缶詰の中で難しいのはカニ缶。習得に時間がかかるか、という問いに、打検歴36年のベテランが答えている。「習得までいかないよ、そんなぁ。それはやっぱり、奥が深いからさ。」
世界を知ることの、不思議さ、奥深さ、貴(とうと)さ。
人工現実感を利用した機能障害回復システムについては「科学技術振興事業団」のリリースをご参照ください。「佐々木正人教授」による『アフォーダンスと行為』はAmazon.co.jpでどうぞ。アフォーダンスについては、「study about affordance and interface」のリンク集などが参考になります。よりやさしい解説は、「現代美術キーワード・アフォーダンス」や「使いやすさ研究所・用語解説・アフォーダンス」の言葉解説などもどうぞ。
>たたいただけで缶詰の品質を見分ける打検士という職業がある。缶詰の中で難し
>いのはカニ缶。習得に時間がかかるか、という問 いに、打検歴36年のベテランが
>答えている。
>「習得までいかないよ、そんなぁ。それはやっぱり、奥が深いからさ。」
>世界を知ることの、不思議さ、奥深さ、貴(とうと)さ。
終戦直後、アメリカ軍の余剰物資の放出もしくは食料援助として、ラベルが付いて
いないオリーブ色一色に塗られた缶詰が配給になりました。
缶の中味はおおよそ缶の形状で判断するのですが、開けてみなければわかりません。でも叔父は振ったり叩いたりしてほぼ正確に中味を言い当てました。
桃(最上級)、豆の煮物(うえー)、肉の缶詰(ラッキー)などなどでした。
同時に日本で作った缶詰も配給になりました。 こちらもラベルはありませんでしたが、
配給時に中味は知らされていました。 細長い秋刀魚の入った缶詰の味を今でも
思い出します。
アフォーダンス、と言うコトバを初めて知りました。思わずアホな想像をしてしまいました。(お約束?)
WEB上でも、ボタンの形をしたものがあれば押す、と言った感覚もそれなのだろうな、と思いながら。
>ラベルが付いていないオリーブ色一色に塗られた缶詰
大変だったでしょうね。。。
でも、それも、当たり感があっていいかも。
わたしもnakoさん同様?アホの研究かと、興味津々で
メールを開いてしまいました。
「0ダンス」という言葉をみると、すぐに踊りだと思っ
てしまうのもアホーダンス??
かくいうぼく自身、コラムを書きつつ坂田利夫を思い出さざるを得なかったという。いやしかし、アフォーダンスって、けっこう難しいというか、つかみづらい学問だと思います。
「アフォーダンス」、私も一瞬どんなダンスかなぁ?と思いました。「打検士」という仕事があることも今回初めて知りました。勉強になりました。小橋さん有難うございます。