雑学コラム

小橋 昭彦 2005年9月22日

 コーヒーカップを、何気なく運んでいるとどうってことないのに、気をつけてゆっくり運ぼうとしたときに限ってこぼしてしまう。揺れをしずめようと手の動きをあわせると余計に波立ったりもして。皮肉なものとすませていたけれど、今あら […]

小橋 昭彦 2005年9月15日

 山岳部に居たという友人に、あれは確か少し長めの旅の話を聞いたときだった。生きたニワトリを連れていったというエピソードがあって、足手まといだろうになぜと尋ねると、食べるためという回答が返ってきた。肉として運ぶと保存がきか […]

小橋 昭彦 2005年9月8日

 今日もわが家の三兄弟の遊び部屋には、車や恐竜のおもちゃがあふれている。ブロックで組み立てるのは飛行機かロボットで、まもなく2歳になる下の子まで兄を真似して「たったたーん」って背景音楽を口ずさみながら遊んでいるのがほほえ […]

小橋 昭彦 2005年9月1日

 マス・メディアは少数意見の代弁者になっていくべきじゃないかな。そんなことを口にして、マスと少数という言葉の組み合わせゆえだろう、驚かれたことがある。ある出来事に関して、個人を責めるかのような風潮が世の中をおおった頃のこ […]

小橋 昭彦 2005年7月28日

 ヨーロッパの精神病院は監獄から出発し、日本の病院は寺院から出発したと、『日本精神病治療史』にある。日本では社会の態度が緩和であった証拠ではないかと、著者の八木氏が指摘している。江戸期の精神医療は現在からみても高い水準に […]

小橋 昭彦 2005年7月21日

 地元で里山ウォークデイなるイベントをここ数年企画し行っている。ウォークといっても道順が決まっていたりガイドがつくわけではなく、集落の地図を片手に自由にのんびり歩いてくださいと、そういう一日だ。民家も開放されているから、 […]

小橋 昭彦 2005年7月14日

 あるイベント会場からの帰り、友人と進化についてのとらえ方の話になった。たとえばキリンの首が長いのは、一般には「高い木の葉を食べるため」と考えてしまう。しかしそう表現すると、キリンに首を長くする意思があるように受け取れる […]

小橋 昭彦 2005年7月7日

 音楽はぼくたちにとって何なのだろう。ある研究者が言うように、チーズケーキのように好みの問題なのか。ノーマン・D・クック教授による実験がある。「宝くじで10万円が当たった」といった喜びや「探したけれど、見つからなかった」 […]

小橋 昭彦 2005年6月30日

 リアルとまぼろしの境界。ノースウエスタン大学の研究者らが昨年発表したひとつの実験結果がある。被験者に磁気共鳴画像装置に入ってもらい、単語リストを見せながら、それぞれの単語が表すものを思い描いてもらったもの。なかには実際 […]

小橋 昭彦 2005年6月23日

健康に気をつかうのは、あたりまえなのだろうか。健康観の変遷を振り返りつつ、そんな疑問が頭をもたげてきた。健康という言葉が日本に根付いたのは明治になってからのこと。衛生観が根付いたいきさつは以前のコラムで書いたけれど、健康 […]

小橋 昭彦 2005年6月16日

 都道府県を組み合わせるパズルを子どもとしながら、なんとはなしにウェゲナーのことを思い出していたのだった。南アメリカとアフリカの海岸線が似ていることからかつてはくっついていたと考え、インドのゴンド民族の土地で発見した氷河 […]

小橋 昭彦 2005年6月9日

 ヴォイニッチ手稿という文書がある。1912年に発見された、奇妙な文字で書かれた中世の文書。暗号だと言われ、第二次世界大戦で日本海軍の暗号を破った米軍の暗号解析者たちが手遊びに解読に挑戦するなどしてきたけれど、いまだ誰も […]