ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

ハトにとって群れることはたいへん

2012年1月11日 【雑学なメモ
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

ハトは群れで飛ぶために、どれほどの代償を払っているのか。じっくり調べた研究結果が発表されている。

Natureの2011年6月23日号に掲載された”Flying in a flock comes at a cost in pigeons”(Nature474,494 497)という論文。ちょっと引用しよう。

(1) maintain powered, banked turns like aircraft, imposing dorsal accelerations of up to 2g, effectively doubling body weight and quadrupling induced power requirements;

(2) increase flap frequency with increases in all conventional aerodynamic power requirements;

(3) increase flap frequency when flying near, particularly behind, other birds.

とある。群れで飛ぶときは旋回に2倍の重力加速度がかかり、4倍の出力が必要だという。羽ばたきの頻度も速くしなくてはいけない。なお、ペリカンの場合は、逆に群れで飛ぶことでエネルギーを蓄積しているそうだ。逆に言うと、ハトにとっては、それほどのコストをはらってまで群れるメリットがあるということ。天敵への対策とか。

ちなみに、鳥が群れで飛ぶ様子については、以前「群れの行動」で紹介した「boids理論(提唱者のレイノルズ博士サイトへのリンク)」が面白いので参照ください。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn



required



required - won't be displayed


Your Comment:

基本的に人間の思考方法っていうのは、数万年という原始時代に構築されている。近現代の社会はせいぜいこのところ数百年から数千年だから、アップデートされるにはまだ短すぎる。

なので、今の社会での意思決定を求められた時、思考プロセスにはいくつかの脆弱性が残っている。そのひとつが、「主観的な視点」で、その多くは過信をもたらし、幻想をひきおこす。その3つの代表的な「幻想」を、『まさか!?―自信がある人ほど陥る意思決定8つの罠』の著者であるマイケル・J・モーブッサンが、クーリエ2011年10月号に書いていた(p27)ところから紹介する。

優位性の幻想
自分はたいていの人より優れているという幻想。
楽観主義の幻想
自分の将来は明るいと考える幻想。
コントロールの幻想
偶然の出来事なのに自分の支配下にあるように考える幻想。

こうした幻想をいだく可能性が自分にはあると自覚しているだけでも、意思決定の精確性は増すはず。

前の記事

Nature2011年6月1日号に、アウストラロピテクスがどこから嫁入りしたかに関するレポートが掲載されている。オンライン版で読めるので、下記をどうぞ。
Female australopiths seek brave new world

Teeth from ancient human ancestors suggest that females joined new social groups once they reached maturity.
群れの中ではなく、遠くから嫁入りしたようだ、というのがここでの仮説。これは、歯の化石に含まれる2種類のストロンチウムを調べたもの。ストロンチウムは植物に含まれていて、食物連鎖を通じて成長期のヒトの骨に含まれるのだそうだ。その結果、女性の化石のストロンチウム同位体の比率は、その土地ではなく、遠隔地のものと似ていたという。

こうした手法で、今では確認しづらい風習を知るというのは面白い。ただ、化石を傷つけるので、多くのサンプルでできないのが難点だとか。ちなみに、女性が群れを離れるパターンは、チンパンジーのメスが成人すると群れを離れる行動と類似しているのだとか(ゴリラは雌雄とも離れるらしい)。

嫁入りに関して言えば、祖父・祖母らの世代以前の人たちがどこから嫁入りしていたかを知るのは、自動車社会が始まる前の地域の関係を知るよすがとなって興味深い。たとえば、今では消えつつある山中の坂が、昔は人がさかんに通っていて、山を越えて嫁入りした人が結構いるとか。今では、丹波地域が兵庫と京都に分かれて県境を越えての交流はあまりないけれど、昔は京都側の同じ丹波の国からけっこうお嫁さんに来ていたとか。

もっとも、アウストラロピテクスと、複雑化した近現代社会を比較するのは無理があるのだけれども。

次の記事