ほんとうなら今ごろは木星に、と考えてしまうのはSFファンのかなしさか。『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータHALが、大手コンピュータ会社名のアルファベットを一文字ずつずらしたものだったというのは有名な話。
HALのような手法は、換字式暗号の一種。ローマ将軍カエサルが考案したとされるもっとも原始的な暗号体系のひとつ、シーザー暗号もこの方式だ。以来、暗号はときに戦いの勝敗を決める重要な役割を担ってきた。中国領土に不時着した米偵察機の乗員の3分の1は暗号の専門家だったというから、その重要性は現在でも変わらないのだろう。
情報通信技術の発展を受けて、いま暗号の重要性が増している。個人情報の保護が重視されてるのが新しさだろうか。古典的手法の集大成ともいえる方式DESが米政府肝いりで開発された一方、暗号の歴史を変えたといってもいいだろう、公開鍵暗号が大学の研究室から生まれたのはなんだか暗示的でもある。
古典的暗号がひとつの鍵をお互いこっそり共有するのに対し、公開鍵暗号というのは、暗号文を作り出す鍵ともとに戻す鍵が違う。自分の持つ秘密鍵でしか復号できない暗号をつくれる公開鍵を公開しておき、不特定多数の人から秘密の通信をもらったり、逆に自分の秘密鍵で作った暗号だけに意味を持つ復号用の公開鍵を公開しておくことで自分からのものだという署名に利用したりする。
ちなみに暗号というもの、ぜったい解読できてはいけないというものでもない。解読に数十万年かかるのならその行為に意味はなく、暗号として役立つ。大戦中に日本軍が旧薩摩弁を早口でしゃべることで暗号としたという話が伝わるが、これなども、いわば意味ある時限内に破られさえしなければいい、ということが前提でできたことだろう。
いい柄のセーターだね、とか、試写会の券あたったんだけど、とか、隠しているようでほんとうは伝えたい、そんなささやかな暗号を使っていたころが、懐かしい。
暗号についての参考サイト。「進化するネットワークセキュリティ」「暗号技術」「ネットワークセキュリティ読本」「暗号入門講座」「暗号理論と暗号技術」などをどうぞ。
今日の没ネタ。すい星のアミノ酸が衝突時の高熱で生命の起源として不可欠なペプチドを作ることを実験で確認(朝日4月11日)。
今日のコラムに「『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータHALが、大手コンピュータ会社名のアルファベットを一文字ずつずらしたものだったというのは有名な話」とありましたが、「HAL伝説 2001年コンピュータの夢と現実」(著者:デイヴィッド・G・ストーク編、日暮 雅通監訳、出版:早川書房)では、作者のクラークは、HALの由来は “Heuristic ALgorithm” で、IBMとの関係は偶然だといっていると書いてあったように思いましたが。
Caesarのラテン語読みがカエサルで、英語読みがシーザーだという注釈があると、より分かりやすいと思います。
余談ですが、Windows NT (WNT) は、VMSのシーザー暗号だという説があります。WNTを開発したプログラマたちは、かつてDECでVMSを開発していたチームだからです。Windows NTのNTってNew Technology の略でしたっけ?
藤島さん、ありがとうございます。スリランカまで行って尋ねてみたのですが(冗談)、確かにクラークは否定しているようですね。「有名」といいつつ俗説として有名だったのかも。
前川さん、そうですね、じつはちょっと迷ったのですが、文章のリズムから見送っちゃいました。やはり入れたほうが親切だったですね。
ということで、冒頭部分、次のように修正しておきます。
ほんとうなら今ごろは木星に、と考えてしまうのはSFファンのかなしさか。『2001年宇宙の旅』に登場した人間的手順(Heuristic ALgorithm)で思考するコンピュータHALが、大手コンピュータ会社名のアルファベットを一文字ずつずらした結果にもなっているというのは有名な話。
HALのような手法は、換字式暗号の一種。ローマ将軍カエサルが考案し、その名をとって呼ばれるもっとも原始的な暗号体系のひとつ、シーザー暗号もこの方式だ。……
最近あまり私信に入ってるものを読む時間がなくて、まだ起きたばかりなので
(ちなみに、会社に宿泊中(-_-;)久々に拝読しました(相変わらず枕が長い…)
他の方のコメントとは全く違って、すごくアカデミックではない突っ込み(おい)ですが…
>隠しているようでほんとうは伝えたい、そんなささやかな暗号
いくつになっても、そんな暗号を解読できる人でありたいし、
いくつになっても、むしろそんな暗号なら一生懸命考える人でありたいし、
それが伝わった時の喜びは、いくつになっても、忘れたくないですね(^-^
僕の指摘では、コラムの前提が崩れてしまうことになるので、ちょっと困ったなと思いながら書いたのですが、分量をあまり増やすことなくうまく直されていますね。敬服しました。