夜の会議を終えての帰り道、足元の影に気づいて見上げると、ひんやり満月が浮かんでいた。あの月にクレーターを作ったのは天体の衝突だが、現在並みの頻度になったのは約38億年前。ひっきりなしの誕生時からゆるやかに減ったわけではなく、39億年前に一度、大変動と呼ばれる激しい衝突に見舞われた時期があったと考えられている。
科学誌ネイチャーの特集記事によれば、その時期地球にも、数千年に1度、直径20キロメートルのクレーターを作る規模の天体が、さらに100万年に1度、直径1000キロメートルのクレーターを作るサイズの天体が衝突していたはずという。恐竜絶滅を招いたとされる隕石が作ったクレーターでさえ直径200キロだから、当時の激動はどれほどだったか。
39億年前といえば地球に生命が誕生した頃。海水がすべて蒸発するほどの大変動はさぞかし厳しい環境だっただろうが、小惑星衝突こそ地球に有機物をもたらし、地表下の熱で生物を育んだ可能性があると聞くと、頭上に広がる静謐な星空からはうかがい知れない、天体のダイナミズムを感じざるをえない。
この9月、宇宙空間でクマムシが生き延びたことが論文で報告され、話題になった。クマムシについては、一昨年あたりからちょっとしたブームだから、ご存知の人もあるだろう。苔などに棲息する1ミリ程度の小さな動物。体内の水分を減らして「乾眠」状態になれば、百度を超える高温や極低温、さらには放射線や高圧といった極度の環境に耐えられる。そんなクマムシが、真空状態かつ宇宙線の中に10日間さらされても生き延びた。
大変動の記録をクレーターにとどめる天上の月。それを見上げるぼくの影の中にも、クマムシは這っているだろう。この光と影の間に、生命の力強さがある。二つをつなぐように今、ここに立っていることが、なんとも得がたいことに思え、胸がしんとした。
ネイチャーの月に関する特集記事は「The hole at the bottom of the Moon(Nature 453, 1160-1163,25 June 2008)」です。クマムシが宇宙空間で生き延びたという実験を報告する論文は「Tardigrades survive exposure to space in low Earth orbit(Current Biology, Volume 18, Issue 17, R729-R731, 9 September 2008)」。日本語記事では「『地球最強の生物』クマムシ、宇宙でも生存可能」がていねい。クマムシの写真もきれいなものがあるので、ぜひご一読を。
クマムシについて、詳しくは「クマムシゲノムプロジェクト」や「クマムシ」で紹介されている書籍『クマムシ?!―小さな怪物』でどうぞ。
小惑星衝突など回避不可能な事を、科学的な事実として突きつけられるのってイヤだなぁ。
とすると、いざ小惑星衝突がわかっても、国家機密にしておいてくれた方がいいってことでしょうか?
仮にそれがわかったとして、最後の時間を人類がどう過ごすか。好きなことするのか、静かに待つのか。SFのテーマとしてときに見かけますが、さて、どうなのでしょうね。
……と書きつつ、よく考えたら右肩あがりでずっと伸びていくと信じる思想は近代のものであって、昔の人はまた違った世界観を持っていたはずであったことに気づきました。(とはいえ、いくら終末思想でも、たとえば1週間後には終わりだよというのとはやはり違うとは思いますが)