小橋 昭彦 2005年4月14日

 縄文の火焔型土器や古墳時代の埴輪など、考古学では人工的な遺物に関心が集まりがちだ。でも古代の人々の生活や文化を知るには、彼らがどのような気候や自然の中で生きてきたかが問われる。そうすると、種子や動物遺体などの自然遺物にも関心を払う必要が出てくる。それが、環境考古学だ。
 環境考古学では、土器についた種子や貝塚に捨てられた骨なども分析の対象になる。動物学や植物学、生化学や病理学などの知識も必要だ。親しみやすい事例としては、トイレがある。縄文時代初期のトイレは、集落の周辺で用を足し、自然の分解作用にまかせていたらしい。その分析からは、回虫が弥生時代に持ち込まれたらしいことなどがわかる。その弥生時代、糞便は集落を囲む環濠や河川に垂れ流した。汲み取り土抗式トイレが登場したのは七世紀の藤原京で、糞尿を周辺の農民が肥料として引き取るしくみもできていたのではないかとされる。トイレ跡にはアカザやヒユといった草本類の花粉や種子が多数含まれるという。考古学の松井章氏は、漢方あるいは和方薬として花を食べていたのではないかと指摘している。健康への気遣いは古代から変わらないということか。
 環境考古学という言葉を知ったのは、安田喜憲氏の著書によってだった。梅棹忠夫氏による「文明の生態史観」とも呼応しつつ、日本人は森の文明と述べる安田氏。最近になって松井氏の著書を読んだとき、ゴミ捨て場やトイレなどを語るその視点と、地球環境まで視野に入れる安田氏による「環境考古学」がつながらなかった。いまあらためて二人の著書を並べて、ああ、トイレの遺構に発見した種子から当時の食卓を類推し、植生に思いを馳せる視点は、そのまま古代の森を思い描き、文明論を語るところにつながると気づく。そのつながりにはじめ気づかなかったということは、ぼく自身の想像力がさびているということかもしれないと自省したことだった。

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3 thoughts on “環境考古学

  1. 本の読み聞かせはいいですよ。

    子供が寝る時間に間に合えば、私はよく絵本を読んであげました。
    隅から隅まで読まないと気が済まないらしく、奥付まで
    読まされました。そのおかげでか、小学校低学年のうちにどんな本でも読むようになり、3年生くらいで新聞のたいていのページを読めるようになりました。

    子供がいると子供会活動など大変ですが、それも楽しんでやればそれほど苦ではありません。お互い楽しみましょう。

  2. 糞尿譚ですね、
    少年時代は汲取り式で農家の方からお礼に野菜など頂いていたようです。
    木炭の利用法で吸収性を利用して床下に入れることが見受けられますが
    昔、炭俵を便所の横に積み置きして失敗したことです
    火鉢に入れて炭を熾すとトイレの香りがして使い物にならなかったこと
    古代の炭に臭いがあったらまた興味が湧きますね。
    ありがとうございました

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