小橋 昭彦 2005年4月7日

 多くの動物は死ぬまで繁殖を続けるが、人間の女性だけは、閉経後も長く生きる。この理由を説明するのが「おばあさん仮説」だ。フィンランドとカナダの多世代にわたるデータを分析した科学者らは、閉経後に長生きした女性ほど孫の数が多いことを見出した。ある年齢に達したら、自分で子どもを産むより、自分の子どもの子育てを助けた方が、遺伝子を多く残せるのだ。研究者らは、祖母の多くが、自分の子どもが更年期を迎えた頃に亡くなっていることも指摘している。
 もっとも、親が子に子育てを教えられるのも、人類が言葉などを身につけたからこそだろう。初期から現生人類まで、数百万年にわたるヒト科動物の化石を調べたミシガン大学研究者の報告によれば、今から約3万年前、高齢まで生きる人の数がそれ以前の4倍に増えたという。ここでいう高齢とは、生殖が可能になる年齢の2倍以上。生殖可能年齢は第3大臼歯がはえる年齢とほぼ同じで、歯の化石を調べればわかる。人類が言葉を得たのがおよそ5万年前とされるから、その後祖母から母へ子育てを教える風習が芽生え、長生きにつながったのかもしれない。年長者は若者にさまざまな知識も伝えたろうから、文化の発達が長寿を生んだのではなく、長寿こそ文化の発達を生んだともいえる。
 田舎に暮らしていると、おばあちゃんという言葉をよく聞く。わが家でお味噌汁をお出ししたお客様はおいしいと驚かれることが多いけれど、それはおばあちゃんの手による、まさに手前味噌ゆえ。今のうちに習っておかねばと思っている。もっともその一方で、食料品店で買ったほうが手軽と思うのも事実で、田舎でも、おばあちゃんの智恵を伝えようと口にすると、なんでそんな進歩が無いことをするのかと反論されることもある。そんなとき、ふと進歩ってなんだろうと疑問がよぎり、おばあさんとともに進歩する道はないのかと自問する。

7 thoughts on “おばあさん仮説

  1. おばあさん仮説については、ほぼ日の「おばあちゃんこそが人類進化のカギ?! ──おばあちゃんの科学。」がよく書かれています。これがあったので、ずっと手をつけずにいました。また「おばあさん仮説、閉経、繁殖」が有益です。

    文中で触れたフィンランドとカナダでの調査については「進化 : 長生きおばあちゃんのひみつ」で取り上げられています。Mirkka Lahdenperaらによる論文は「Fitness benefits of prolonged post-reproductive lifespan in women(Nature 428 178-181(11 March 2004))」です。また、Rachel Caspariらによる、歯の化石を調べた結果については「Cave Grandma」「Old Age Was Secret of Modern Humans” Success」などで報道されています。

    あー、ちなみに2年ほど前、おばあさん仮説に関する石原発言が「都議会で問題」になりました。

  2. 今日の雑学は感動ものでした。男も女も自分の遺伝子を後世に残したいというのは、人間も動物としての本能なのでしょうね。手前味噌と言う言葉も最近あまり聞かなくなりましたが、うちの実家でも昔味噌を作ってました。大豆をつめこんでぐるぐる回すとラーメンみたいなのがでてきて...。その祖母は明治生まれで現在も健在ですが、痴呆症でそんな話ももう聞くことはできません。明治は遠くなりましたね。
    益々のご活躍をご期待申し上げます。

  3. 今日の味噌汁の話のなかで
    店に売っている云々とありましたが
    店に売っているのは、化学調味料が多く使用されているので、あまり利用されない方がいいかも
    最近流行の花粉症もこれが大きな原因だと述べているものもあります。缶コーヒー等もあまりよくないそうです。
    いつも勉強になります。
    これからも、益々のご活躍をご期待申し上げます。

  4. 小橋さんはじめまして。いつも楽しくメルマガを拝読しています。
    「なんでそんな進歩が無いことをするのかと反論されることもある」との言葉が一番気になりました。
    「進歩」の捉え方・求め方でその内容がまったく異なるでしょうから、どの形が良い悪いという話ではないのでしょうが、僕はこう思います。
    進歩の本質は「変えていくこと」ではなくて、「続けること」だと。おばあちゃんのお味噌が今もこの時代に在ることで進歩できる。うまく言えませんが、「続けること」が軸足になって次の何かが生まれてくるのだから、おばあちゃんの味噌は進歩に不可欠な原点なんだと思います。
     良い土台があってこそ、良い進歩が生まれてくるのではないかと。
     小橋さんの活動の根底にもそういう思想があると感じますし、だからこそ、いつまでもおばあちゃんの味噌を受け継いでいきたいと思います。

  5. ありがとうございます。

    ぼくとしては、「進歩しなくてはいけない」あるいは「進歩を求める」という考え方そのものが近代特有のもので、もう少し別の考え方があるのではないかと感じてもいます。

    実はつい最近、近所の古民家が解体されていました。息子さん世代が帰ってくるから建て替えると聞いています。当主の方は、消費者イベントのたびごとに訪れたみなさんから「いい雰囲気ですね」と聞いていらっしゃったのだから、その建物にも価値があると感じてもいたはずです。それでもやはり、潰してしまう。

    おばあちゃんの価値を伝えようといろいろ努力はしているのですが、進歩幻想は根強いです。

  6. この話は、人間のおばあさんに限った話ではなく、人間のおじいさんでも同じ様な事が考えられていますし、人間以外の動物でも同じ様な事が考えられている物をあります。

    文字が使われていない部族では性別にかかわらずお年寄りは尊敬され、お年寄りの知恵・知識が当てにされています。

    また例えばゾウの群れでは年長の雌がリーダーとして群れを率いており、リーダーの豊富な経験が群れ全体の生存率に大きな影響を与えます。
    その為、何らかの事故でリーダー候補が出来る前にリーダーが死んでしまうと、群れ全体に深刻な生存の危機が起こります。
    (ご存知の通り、象も非常に長生きです。)

    単純な直接的な繁殖だけではなく、群れ全体の生存率を考えた場合、経験豊富な個体が存在する事が非常に有利な事になります。

  7. 「「脳容量の増大は子どもの成長に大きな影響を与えた。脳の成長に多大なエネルギーを必要としたため、身体の成長が遅れ、育児に大きな負担を強いるようになったのだ。

    ヒトはこの課題を、母親だけでなく、父親や他のおとなたち、それに年上の子供たちがこぞって育児に参加する社会性を育てることで解決した」

    おばあちゃん仮説とイクメン理論 | ちえのたね|詩想舎 https://society-zero.com/chienotane/archives/8412

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