リスクという言葉は、人によって受け取り方がまったく違うかもしれない。避けるべきと考える人と、当然の前提と考える人と。本来リスクは、どんな事象にもついてまわる。ぼくたちに求められるのは、それを正しく評価し、意思決定を行っていくことだ。
リスク許容度を考えるとき、しばしば引き合いに出されるのが、百万分の一という数字だ。米国のスターが1969年の論文の中で、最低を自然災害による死亡率、最高を不治の病による死亡率として、その間で社会的便益とのバランスをとりつつリスクの許容水準が引かれると説いた。このとき、不治の病の死亡率が100万人当たり1万人、自然災害の死亡率が100万人当たり1人と見積もられている。このあたりが、百万分の一の由来らしい。
日本の交通事故による死亡率は百万分の一より高くて70くらいになるけれど、メリットが大きいから許容していることになる。自然災害による死亡数はスター論文程度だが、三大疾病による死亡数は100万人に5000人いかないから、リスクの許容上限は厳しくなっていると言えるかもしれない。
もっとも、こうして分母を揃えてリスクを比較することはまれで、ぼくたちはふだん、ヒューリスティックと呼ばれる、手近な方法で評価している。たとえば英語でrで始まる単語と3文字目がrの単語ではどちらが多いか、と尋ねると、多くの人がrで始まる方が多いと答える。実際には後者の方が多いのだけれど、記憶から探索しやすい方を、高い確率と評価してしまうのだ。
ヒューリスティックすなわちいいかげんというわけではない。現実問題として世の中すべてを考慮に入れることなどできないわけで、人工知能にヒューリスティックを持たせる研究もある。リスクの正しい評価は必要だが、たとえば敵を前にしたとき、適度なヒューリスティックがあったからこそすばやく対処できたのでもあろう。ぼくたち人類はそうやって、適度を学びつつ生き延びてきたのだ、きっと。
入門書的には『心理学が描くリスクの世界』をどうぞ。リスクに関しては、「リスクミレニアム」が参考になります。また「Harvard Center for Risk Analysis」もどうぞ。「リスク感覚論」もわかりやすいですね。日本の死亡率については、「厚生労働省」の人口動態統計を参考に。「国連開発計画のリリース」を見ると、先進国以外では自然災害による死亡率は一桁高いんですね。コラムでは触れられなかったけれど、こうした視点も必要。
さて、文中で触れているrを含む単語の実験は、KahnemanとTverskyによる1973年の論文が出所。ノーベル経済学賞を得たこの二人ですが、意思決定論的にいろいろおもしろい論文があって、「常識を疑え [2003.04.14]」や「しあわせですか [2004.06.24] 」などかつてのコラムでも引用しています。プロスペクト理論を表立ってとりあげたことはないのかな。また機会を見つけて。それから、コラムで取り上げたのはいわゆる利用可能性のヒューリスティックというもので、その他「代表性」や「係留と調整」などのヒューリスティックが知られています。「市民のリスク認知」などの解説をどうぞ。