コンピュータの高速化が寄与する分野のひとつにシミュレーションの精度向上がある。たとえば地球大気の様子をシミュレートするためには、地上を網目状に区切って、それぞれの箇所の値の変動を予測する。このとき、網目が小さいほど精度があがるわけだが、そのためには膨大な計算量が必要になる。スーパーコンピュータが活躍する場面だ。
もっとも、いくらデータ量を増やしても、長期の予測は難しい。気象学者のローレンツが1963年に発表した考え方で、俗にバタフライ効果と呼ばれるものがある。北京で蝶が羽ばたけば、ニューヨークで嵐が起きるという表現で知られている。ただこの表現は、北京の蝶を知ればニューヨークの天候がわかるといった因果論的な勘違いを生みそうだ。そうではなく、ほんのささいな差が結果の大きな違いを生むから、いくら細かく初期値を知ろうとしても、予測精度はあがらないというわけだ。どれほどのスーパーコンピュータでも、北京の蝶の羽までは知ることができない。
ローレンツの論文は発表誌が気象専門誌だったこともあって当初は注目を集めなかった。しかし、70年代のカオス理論の興隆とともに、カオスを探っていた先例として掘り起こされた。ローレンツのモデルを図示すると、蝶のような姿になる。いま、初期値をほんの少しだけ変えて入力、シミュレートすると、値の変化が描く線ははじめは重なっている。左の羽を描いたかと思うと気まぐれのように右の羽を描く。やがてふたつの線は離れ、一方は右半分で羽を描いているし一方は左半分で描く、というようにまったく違う結果につながる。カオスとは、そういう世界。
北京の蝶に、人は何を思うだろう。けっきょく未来を知ることはできないとむなしく感じたり、あるいは逆に、われわれ小さな存在でも、世の中に対して何らかの影響を及ぼせるのだと勇気付けられたり。とまれ、その思い、羽ばたきそのものは、ぼくたちの意志のうちにある。
「カオス(1):蝶は今どこを飛ぶか(ver.1.0)」がたいへんわかりやすくお薦めです。また、「北京で蝶が羽を動かしたらニューヨークで嵐が起きた」「カオス」もどうぞ。
小橋様
最近、雑学.COMの配信をお願い、毎号愛読しております。本日の「北京の蝶」は私が従事しているロジスティクスの分野での需要予測に良く使われる「鞭の効果」と全く同じ理論に驚きました。
どちらが先か判りませんが? 勉強になりました。
これからも宜しく。
小橋様
いつも有難うございます。蝶のはねですが、初期値の変化が結果の変化をもたらすことのほかに、運動の途中の、外部要因などによる確率的なランダム変動も予測がつかなくて、そのために予測不可能が良く生ずるでしょうね。
今後とも、よろしくお願いします。
中野 勲