心理学者のロバート・エイブルソンに「信念とは所有物のようなもの」という言葉がある。なるほど、ぼくたちは信念を「持ち」、「得たり」「抱いたり」、ときにはそれを「手放し」も「失い」もする。同じ心理学者のT・ギロビッチは、エイブルソンの言葉を紹介しつつ、人が自分にとって役立つ物を持つように、信念も有益だから持っていると指摘している。
この信念という所有物は、ときにガラス細工のように壊れやすかったり、自分が生きていくこととほとんど重なるほど不可欠の持ち物だったりする。たとえばロベルト・ベニーニによる『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画。強制収容所に収容されたユダヤ系イタリア人の父は、子どもにこれはゲームだと言い聞かせる。ポイントを貯めればゲームオーバーになってうちに帰れるよと。父が子に与えた、日々を生きるための信念。
新版の出たヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を読んで、この映画で描かれている「笑い」が、必ずしも映画的誇張でないことを知る。強制収容所での体験を、心理学者の視点で回想した記録だ。どんな状況にも人は慣れることができる、と彼は書く。お前がもっともガス室行きに近いと言われて、彼は微笑む。異常な状況に似合わないと思える微笑。しかしそれは、精神を病んだためではなく、自分の心を守るために必要だったのだ。
心を、ひとつの部屋のように考える。そこには、壁にかけた絵やテーブルや椅子やカーテンのように、さまざまな信念がコーディネートされて揃っている。人はみな自分の部屋を持っている。誰も、その部屋に土足で入ってテーブルを奪ったり、花瓶を壊したりする権利はない。でも、互いの部屋を訪れることで、押入れの奥にしまいこんで忘れていた額を取り出してかけてみたり、新しいテーブルクロスを編んでみたり、自分の部屋をより磨いていくことはできる。
T・ギロビッチの著作は『人間この信じやすきもの』が代表作。信念についての考察も含まれています。『ライフ・イズ・ビューティフル』はDVDでどうぞ。『夜と霧』は分量も多くなく読みやすいです。淡々とかかれた筆致が印象的。
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心の中のたたずまいのありようを示す言葉に出会い、さわやかな風を感じました。