小橋 昭彦 2003年4月3日

その昔、お箸を持ち歩いていた。持ち箸そのものの環境保全効果というより、宴席などで箸を取り出したときの会話が地球環境の話につながることを期待していた。箸を持ち歩くことで、みずからの日々の生活も少し、環境に気遣うスタイルになったように思う。

箸を持ち歩くように、自己像を操作する。それがフリであると承知していても、呈示した自己像に自分自身を合わせていく、ひとにはそんな側面がある。専門用語で言えば、これをキャリーオーバー効果という。偽りの自己だったものが、ほんとうの自己に影響を及ぼす。美化推進運動への署名に協力したあとでは、自分の庭に交通標識を立てる依頼に応える人が増えたという研究もある。署名することが公共活動に積極的という自己への思いを生み、庭に標識を立てることでも許諾してしまうのだ。

あるいは馬券。馬券を買った人は、買う前より自分の買った馬が勝つ可能性を高く評価する。勝つ可能性を高く評価するから馬券を買うのではなく、馬券を買ったから高く評価するわけ。あるいは、仕事への満足度は、報酬の高い人より低い人の方が高い、という結果もある。これはつまり、仕事を続けていることと報酬が低いことの間にズレがあるのだけれど、このズレを仕事に満足しているからだと思うことで埋めているわけだ。

こうして人は、自らの思う自分と、現実の自分との差を埋めようとする。意識的にするのではなく、無意識に。キャリーオーバー効果を生む背景としては、このほかにも、コミットメント説といって、他者に示した自己像を変更することで社会的評価を下げるのを避けようとするために自分を変化させるという説もある。

ぼくたちは、自分で思っているほど自分のことを知らない。何気なく口にしたことに引っぱられて、自分は変わっていく。だから。同じ口にするなら力強いひと言を、同じ描くなら明るい明日を、描こうと思うのだ。

2 thoughts on “偽りの自分がほんとうの自分を作る

  1. キャリーオーバーについては、藤島喜嗣さんの「秘密のデスクトップ」に関連実験一覧があります。また、下條信輔氏の『サブリミナル・マインド』は、自分の知らない自分のはたらきを豊富な事例を交えながら紹介するとてもおもしろい書籍です。この他、社会心理学系の本でおもしろいものは多いのですが、またあらためて取り上げます。

  2. 美化推進運動と交通標識についての実験は、FreedmanとFraserによるもので、foot-in-the-door techniqueとして知られています。Journal of Personality and Social Psyshology 1966 4 195-202掲載。

    馬券については、KnoxとInksterでJournal of Personality and Social Psyshology 1968 8 319-323掲載。

    また報酬と仕事の関係を調べたのは、FestingerとCarlsmithで、Journal of Abnormal and Social Psychology 1959 58 203-210掲載。

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