カーネギーメロン大学のホルト助教授によると、世界中の言語を集計すると、少なくとも558の子音と260の母音、51の二重母音があるのだという。半年を過ぎた頃の乳児は、これらすべての音素を区別できる。その後、第一言語にあわせて分類しなおされるのだ。
とすればわが家の次男坊はいま、家族の誰より音素の聞き分けができることになる。「r」と「l」の区別がないなど、日本語の音素は20あまりしかないから、これからかなりおおまかになるわけだ。これが英語だと52、世界でもっとも多いのはアフリカのカラハリ砂漠地方の言語が持つ141種類だとか。
ボストン大学のギュンター博士がコンピューター上でニューロンモデルを利用して学習実験したところ、英語と違って日本語では「r」と「l」を特徴づける周波数に敏感なニューロン数が少なくなったという。音素にあわせて脳の構造も違うということだろう。
とはいえ、それほど心配することはない。「r」と「l」が聞き分けられない日本人でも、英語圏の人と同じく、「ar」のあとは「ga」と聞きやすく「al」のあとは「da」と聞きやすい。音素がすべてではなく、文脈も含め、幅広く言葉を聞いているわけだ。
これは京都大学の正高信男教授の文章で知ったのだが、小学校低学年で日本から米国に転校した子どもは、移って2、3日は現地の同級生と平然とおしゃべりをするという。それからやっと、相手が自分と違う言語をしゃべっていることに気づく。
言葉なんて、きっとそんなものなのだ。非言語コミュニケーションの権威、米国の心理学者アルベルト・マーレビアンは、コミュニケーションにおいて伝わる情報のうち、言語そのものが果たす役割は7%にすぎないと分析している。表情や声の調子などによるところがおおきいのだ。
文章を書く身として、この事実はおそろしい。気持ちの半分でも伝えたいと、いつも何度も何度も文章に手を入れる。それでもやはり心は伝わらず、ときに意図せざることで人を傷つけもするのだ。
Lori Holt氏の研究については、「Speech Perception and Learning Laboratory」をどうぞ。ニューロンの発達については、「Frank H. Guenther」教授の研究です。日本語については、「音素の最前線」が参考になります。ノンバーバル・コミュニケーションについては「Albert Mehrabian」が権威。日本語では「表情と声」あたりがわかりやすいでしょうか。ここでは「メラビアン」と表記していますけれど。