幼児がいると擬音語や擬態語をよく使う。おしゃぶりのことを「ちゅぱちゅぱ」、ミルクを吐くことを「げぶ」。いつしか4歳の長男まで「おかーさん、しょーちゃんげぶしたぁ」なんて口にしている。
あれはいつのことだったろう、その長男が道に引かれた白線をたどりつつ「トトン、トトン」と歩いていたとき、一緒にいた友人が「トトン、トトンって何」と尋ねて、ぼくを驚かせた。トトントトンと言えば、ガタンゴトンと並んでよく知られた列車の擬音語かと思っていたから。
埼玉大学の山口仲美教授によれば、こうした列車の擬音語は懐かしい言葉になりつつあるようだ。確かに新幹線はガタンゴトンなんて悠長な音は出さないし、そもそも列車の音を聞きつつ乗るなんて余裕が失われている風もある。チクタクやギコギコも珍しくなり、ピッしてチンする時代なのだ。
氏の著書『犬は「びよ」と鳴いていた』で、擬音語や擬態語には文化の変遷が見られるとあって納得した。今はキャッキャッと聞いている猿の声を昔はココと聞いていたという事実を、ココは猿が食べ物を食べるときの満足そうな声に近く、キャッキャッは恐怖心を出すときの鳴き声を写しているという指摘に重ねると、確かに、擬音語の変遷に猿と人間、ひいては自然と人間のつきあいかたの変化を感じもするのである。
30年前と現代では、擬音語や擬態語が大きく変化したともいう。日用品の変化も背景にある。一方、かつてはチビリチビリ、ノソノソやっていたのが、現代はダダダ、ガシガシのようにせわしなく豪快になったという。これは時代の空気の違いか。
笑い系の擬音語が増えたという指摘も考えさせられた。健康ブームとあって笑いの免疫力が見直されていることも背景にあるそうだ。ウヒヒヒヒヒ、ふふっ、クッククク、ホホホ、アハハ、エヘヘ、ワハハ、ケッケッケ、ウヒョウヒョ。いやはや、楽しい時代なのか、能天気なだけなのか。
まずは「山口仲美の言葉&古典文学の探検」をご覧ください。で、その著書『犬は「びよ」と鳴いていた』はたいへんおもしろいです。鳥の声に絞った『ちんちん千鳥のなく声は』もどうぞ。なお、鳥の鳴き声については過去に「ニワトリはなんと鳴く」としてコラムにしました。
コラムから若干脱線しますが、幼児はときどき、「文化の変遷」とはまったく関係ない擬態語、擬音を発しますね。私の家族の一人の表現を借りると、列車の擬音語は「しゅるっとぅる、しゅるっとぅる」、踏み切りは「ランランラン・・・」でした。そういわれると、そう聞こえてくるのも不思議です。
よく「サックと○○する」とか、「ザックリ○○する
と」など使いますね。
時代の空気がここにもあらわれているような・・。
世界の言語の中で、日本語は擬態語がかなり多い方
に属するそうです。