ネイティブ・アメリカンは、名前に象徴的な意味を込めるという。「ホーク」と呼ばれる男ならタカのように鋭い眼力に特徴があることを表す。そうした聖なる名にちなんだ映画『ダンス・ウィズ・ウルブス』が公開された頃、自分の名はどうだろうと考えた。コツコツやる性格だが、明日への小さな橋を架けようと、名前から影響されている部分があるのではないか。
こじつけだと思われるだろう。ところが、ニューヨーク大学バッファロー校のブレット・ペラム教授が気になる調査結果を発表している。教授がサンプル調査した米国人の場合、自分の名前に影響されて人生の決定を行っているケースが多いのだ。Dennisさんは歯医者(dentist)である割合が他の名より高く、Louiseさんはセントルイス(St. Louis)に引っ越す可能性が高い。論理的に選択しているようでいて、名前が心理的な影響を与えているのではという。
確かに、ドラマで自分と同じ名前の登場人物がいたら感情移入してしまいがちだし、同名の店があったら繁盛を願う。ありえない話でもなく、ならばむしろ積極的に、自分の名前を生きる力にしたって悪くはない。名選手にちなんだ名前を持つ甲子園球児だって少なくないわけだから。
関連して調べてみると、日本人の名字、いわれがありそうでなさそうな、あいまいな面がある。工藤、斉藤など藤原氏由来の名もあれば、地形に関連する「田」や「野」のつく名もある。明治の苗字必称令に伴う届出で「三好だ」と届けたのが「美吉田」になったなど、当時の悲喜劇も多いという。
ま、スズキイチロウなんて日本一平凡そうな名前の人が大リーグで活躍してもいるから、受け止め方次第だ。自分を前向きにしてくれるならこだわればいいし、縛るようなら、ほどほどでいい。いっそネイティブ・アメリカンのように、成長して後、自分を見つめてつけた名を心の内にこっそり持っていてもいい。
「Brett Pelham教授」の研究については、「Journal of Personality and Social Psychology」April 2002 Volume 82 Number 4に掲載。共同研究者の「John Jones」氏のサイトもどうぞ。日本人の名字について知りたい場合は、『名字と日本人』『日本人の苗字』がおすすめです。前者は全体像がつかみやすく、後者は個別名字の由来がわかりやすいです。
「名前が心理的な影響を与えている」というの一理あるように思います。
私は旧姓が「京極」、結婚後「神垣」になりました。
結婚後も旧姓をしばらく名乗っていたのですが、“神さん”のご加護に預かっているのか、神垣を名乗りだしてからのほうが仕事面、生活面とも好調のような気がします。
単に、結婚して、精神的に不安がなくなり、いろんな意味で前向きになれたことの影響が大きいのかもしれませんが…。
旧姓時代は、とにかく名前のインパクトが強すぎて(華麗な出でもなんでもないのに…)、常に「名前負けしている私」とか「名前ばっかり一人歩きして」という思いを抱いていました。
結婚後は、夫の出身地に多い苗字で、別段、抵抗も思い入れも持っていなかったのですが、なんか守られている、という気持ちにはなるんですよね。
名前というのは一生ついてまわるものなので、多かれ少なかれ、その人の行動や心理面に及ぼす影響っていうのはあるんじゃないでしょうか。
そういう意味で、子どもの名づけにはすごく慎重になりました。
以前海外で生活していた頃、名前についての質問に、
「藤の木の下に佇んだ知性を愛する人」の意味だと説明
したことがある。実際、上智大学の上智はセント・ソフィアの意味だったと思うが、これも日本語の名前では「智恵子」の意味になる。洋の東西を問わず名称の基本は同じ
ようなきがする。「では私の名前はメリーだが、どの
様な意味か。」と問われて分からず絶句した記憶がある。
揚水の歌にある「リバーサイド・ホテル」は川岸旅館だ。
ちょっと話題がずれてしまうかもしれませんが、今もドイツには“ヒットラー”姓の人っているんでしょうね。肩身が狭いのではないかと心配しますが。
いつも楽しく拝見しています。名前の力に共感します。
自分の名前「寛」という字に、「寛ぐ(くつろぐ)」という読みがあるのを最近知りました(30才過ぎるまで知らなかった!)。これを知ってからは、忙しいときも心持ちゆったりとした気分でいられるようにです。自己暗示効果は確かにありそうです。(僕がかかりやすいのかもしれませんが)
いつも配信日には「まだかなまだかな0」と楽しみにしています。
姓名判断で見ると私の名前は「女性にしては強すぎる運。但しキャリアを目指すには向いている」とあります。結構仕事をしている中でここ一番の時にはこれを思い出して踏ん張りが利いたりしますね。両親に感謝です(笑)。
名前の音は好きでしたが、若いときは名前を書くのに漢字のバランスが取りにくく署名が苦手でしたが、年を追って格好が付くようになり、ますます気に入っています。
苗字が変わらないことに両親は多少気をもんでいるようですが(爆)、本人は今の「最強なお守り」をしばらく手放すつもりはなかったりします。
名前は、人格を表す部分もあるのを、知りました。
同じ名前の人が、悪い意味の報道をされると、かなしくなります。
私の名前の最後の文字は「絵」。美術科高校を卒業しました。HNは心を丸く持っていたいと言う願いからつけたものです。
あ、小橋さん、誕生日にお祝いメ”ルがいただけるなんて知らなかったので、びっくり&嬉しかったです。どうもありがとうございました。
「小橋」と書いて、「おばせ」と読む漁村があります。舞鶴の近くで、祖母の在所です。海水浴場があるのですが、すごく水がきれいで、泳いでいる足元を、くさふぐやカレイやこちが泳いでいます。シ”ズン中でもそんなに混んでいなくて、ほんとにいいところ。それもあって小橋さんのお名前にも親しみを覚えているんですよ。変かしら?
兵庫にお住まいならそう遠くないですよね。
メ”ル、毎回楽しみにしています。お体をお愛いになって、長く続けて下さい。 ごきげんよう。
名前は、今回の記事にあるような文字としての意味と同様に、音の響きによってもその人の性格というか、人となりに少なからず影響を与えるそうですね。生まれて間もないときからずうっと周りからそう呼ばれつづけるわけですから。
名前を受け取った人にも影響するという「What” s in a name?」という実験は、意味深い。「名前の流行は全くの偶然」ともいいますが。