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ちょっと知的な雑学&トリビア

昨夜の夕食を思い出せるか?

2011年4月26日 【雑学なメモ
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ライフログというのは、ある種のバズワードかな。最近はあまり聞かなくなったけど。一方で、医学上、ある被験者の全環境曝露調査が課題になっているという。この調査を「エクスポゾーム(exposome)」というそうで。

今の日本で環境曝露調査というと、やはり放射線が気にかかるところだけれど、ここでは、大気汚染物質、身体活動、食事の記録が対象になっている。1日の生活の中で、人間がどのような行動をとり、どのような摂取物を外部から取り入れているかを記録し、それが健康に与える影響を調査するわけ。

従来なら食事を調べるなら、アンケートに頼っていたわけだけど、人間の記憶はあてにならない。その例として紹介されている下記の数値が思ったより忘却度が高く、驚いた。

(心理学者のTom)Baranowskiは、被験者がある日に食べたものを観察し、翌日にその内容を思い出してもらった結果、子どもは自分が食べたものの約15%を忘れていて、食べたと言っているものの30%以上が空想の産物であることが判明した。成人についても同様の傾向が見られた。(natureダイジェスト2011年05月号p14「見つめていたい」)

食べたものを忘れるというのは、老人性健忘症の徴候じゃないかと気になる人も多いんだけど、子どもでもこの結果というのはびっくり。

原文は下記。

Epidemiology: Every bite you take

Nature 470, 320-322 (2011)

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チンパンジーとヒトのDNAは96%が同じことは知られている。ではヒトはチンパンジーと比べて何を得てきたのかと考えるのが普通だけど、あえて「失ったもの」を探した研究で、新しい発見がなされた。

スタンフォード大学のDavid Kingsleyらによる研究。スクリーニングの結果、チンパンジーにあってヒトにないDNA配列は510個あった。そのうち、2つの配列に注目して調べてみたそう。
それらの配列をマウスの胚に導入したところ、AR近くの配列により、一部の動物に見られる固いペニスのとげと感覚毛が同時に形成された。一方、GADD45G近くの配列は、特定の脳領域の成長に対してある種のブレーキとして作用していることがわかり、ヒトはその機能を失うことで大きな脳を進化させたと考えられる。(natureダイジェスト2011年05月号p7)
陰茎棘というのは初めて知った。ネコを飼っている人には常識なのかな。なんでも、それを引き抜くときの痛みで排卵が誘発されるともいうけど、人間にあったらどうだったか。「どのカップルも、この特別なDNA断片が失われたことに感謝していいはずです」という、分子進化学者の言葉が、natureダイジェストに引用されている。

それはともかく、脳の成長もこの「失われたDNA」のおかげだったという発見はおもしろい。何かを足すだけじゃなく、失われること、あるいは空白に価値を見出すという思考方法、ずっと好きなんだけど(「無いということ」など参照)、人間の進化の基本に、そんな事実があったとは。

論文は下記。
Human-specific loss of regulatory DNA and the evolution of human-specific traits

Nature Volume:471,216 219(10 March 2011)

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国際比較で、幸福度が高い国で自殺率が高い傾向が知られていたけれど、米国の洲の間で比較しても同様の結果が出たという報告が出ている。幸福なハワイは自殺率が高く、それほど幸福でないニューヨークは自殺率が低い。
Happiest places have highest suicide rates says new research
幸福度という指標、ここ何年か気になってきた。なぜ幸福度が高くなると自殺率が高くなるパラドックスが生まれるのか。研究者らの推論では、周囲の人びとの状況と比較して、自分の状況を悲観するからではないかと。この推論を支えるのは、人間は自分の幸福度を、周囲との比較で測るという先行研究。貧困国で自殺率が低いのは、周囲と比べる余裕がない、あるいは比べるほど差が生まれないといった状況にあるからということか。この推論を敷衍すれば、日本の自殺率が高いのは、あるいは、「周囲との比較」を強いる世間構造があるからとも考えられるのだが、どうか。

ところで、一定程度経済的に恵まれた後は、経済的な問題は幸福度に相関しないことが知られている。では、その後の幸福度の向上は何によってもたらされるのか。消費社会が熟成すると、ぼくたちは「差異化」を目指す。そうした思考が、周囲との比較をそそのかす。とすると、経済的な豊かさの後に生まれる幸福度の上昇は、差異の拡がりにすぎないということなのかもしれない。だとすればそれは不幸な人を生むことと表裏一体だ。

しかし、ほんとうに「幸福」な社会とは、人が周囲と比較して疎外感を感じるとき、そっと手を差し伸べる社会だろう。幸福度の指標が、あらためて問われているということか。

論文は下記。
Dark Contrasts:next term The Paradox of High Rates of Suicide in Happy Places

Suicide kills more Americans than die in motor accidents. Its causes remain poorly understood. We suggest in this paper that the level of others’ happiness may be a risk factor for suicide (although one’s own […]

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