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ちょっと知的な雑学&トリビア

隠して、伝える。

2001年5月16日 【コラム
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 ほんとうなら今ごろは木星に、と考えてしまうのはSFファンのかなしさか。『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータHALが、大手コンピュータ会社名のアルファベットを一文字ずつずらしたものだったというのは有名な話。
 HALのような手法は、換字式暗号の一種。ローマ将軍カエサルが考案したとされるもっとも原始的な暗号体系のひとつ、シーザー暗号もこの方式だ。以来、暗号はときに戦いの勝敗を決める重要な役割を担ってきた。中国領土に不時着した米偵察機の乗員の3分の1は暗号の専門家だったというから、その重要性は現在でも変わらないのだろう。
 情報通信技術の発展を受けて、いま暗号の重要性が増している。個人情報の保護が重視されてるのが新しさだろうか。古典的手法の集大成ともいえる方式DESが米政府肝いりで開発された一方、暗号の歴史を変えたといってもいいだろう、公開鍵暗号が大学の研究室から生まれたのはなんだか暗示的でもある。
 古典的暗号がひとつの鍵をお互いこっそり共有するのに対し、公開鍵暗号というのは、暗号文を作り出す鍵ともとに戻す鍵が違う。自分の持つ秘密鍵でしか復号できない暗号をつくれる公開鍵を公開しておき、不特定多数の人から秘密の通信をもらったり、逆に自分の秘密鍵で作った暗号だけに意味を持つ復号用の公開鍵を公開しておくことで自分からのものだという署名に利用したりする。
 ちなみに暗号というもの、ぜったい解読できてはいけないというものでもない。解読に数十万年かかるのならその行為に意味はなく、暗号として役立つ。大戦中に日本軍が旧薩摩弁を早口でしゃべることで暗号としたという話が伝わるが、これなども、いわば意味ある時限内に破られさえしなければいい、ということが前提でできたことだろう。
 いい柄のセーターだね、とか、試写会の券あたったんだけど、とか、隠しているようでほんとうは伝えたい、そんなささやかな暗号を使っていたころが、懐かしい。

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7 comments to...
“隠して、伝える。”
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小橋昭彦

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小橋昭彦

今日の没ネタ。すい星のアミノ酸が衝突時の高熱で生命の起源として不可欠なペプチドを作ることを実験で確認(朝日4月11日)。


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藤島 昇

今日のコラムに「『2001年宇宙の旅』に登場したコンピュータHALが、大手コンピュータ会社名のアルファベットを一文字ずつずらしたものだったというのは有名な話」とありましたが、「HAL伝説 2001年コンピュータの夢と現実」(著者:デイヴィッド・G・ストーク編、日暮 雅通監訳、出版:早川書房)では、作者のクラークは、HALの由来は “Heuristic ALgorithm” で、IBMとの関係は偶然だといっていると書いてあったように思いましたが。


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前川徹

Caesarのラテン語読みがカエサルで、英語読みがシーザーだという注釈があると、より分かりやすいと思います。
余談ですが、Windows NT (WNT) は、VMSのシーザー暗号だという説があります。WNTを開発したプログラマたちは、かつてDECでVMSを開発していたチームだからです。Windows NTのNTってNew Technology の略でしたっけ?


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小橋昭彦

藤島さん、ありがとうございます。スリランカまで行って尋ねてみたのですが(冗談)、確かにクラークは否定しているようですね。「有名」といいつつ俗説として有名だったのかも。
前川さん、そうですね、じつはちょっと迷ったのですが、文章のリズムから見送っちゃいました。やはり入れたほうが親切だったですね。
ということで、冒頭部分、次のように修正しておきます。

 ほんとうなら今ごろは木星に、と考えてしまうのはSFファンのかなしさか。『2001年宇宙の旅』に登場した人間的手順(Heuristic ALgorithm)で思考するコンピュータHALが、大手コンピュータ会社名のアルファベットを一文字ずつずらした結果にもなっているというのは有名な話。
 HALのような手法は、換字式暗号の一種。ローマ将軍カエサルが考案し、その名をとって呼ばれるもっとも原始的な暗号体系のひとつ、シーザー暗号もこの方式だ。……


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たわし

最近あまり私信に入ってるものを読む時間がなくて、まだ起きたばかりなので
(ちなみに、会社に宿泊中(-_-;)久々に拝読しました(相変わらず枕が長い…)
他の方のコメントとは全く違って、すごくアカデミックではない突っ込み(おい)ですが…

>隠しているようでほんとうは伝えたい、そんなささやかな暗号

いくつになっても、そんな暗号を解読できる人でありたいし、
いくつになっても、むしろそんな暗号なら一生懸命考える人でありたいし、

それが伝わった時の喜びは、いくつになっても、忘れたくないですね(^-^


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藤島 昇

僕の指摘では、コラムの前提が崩れてしまうことになるので、ちょっと困ったなと思いながら書いたのですが、分量をあまり増やすことなくうまく直されていますね。敬服しました。




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 帰省したついでに、押入れの整理をした。小学生時代の通知表に出会う。成績はともかく、人の話は聞くものの、低学年のころは発表のとき顔も上げられない内向的な性格だったらしい。その性格は基本的にはいまも変わっていないし、三歳の息子にまで引き継いでしまったかもしれない。 1キロ先の小学校まで、ランドセルを背負って集団登校をしていたあのころ。時間割をみて教科書をつめて、ときには竹尺やたて笛をわきから突き立てて。ランドセルは、学びのきっかけとなるものがぎっしりつまった宝箱のようなものだった。 ランドセルはオランダ語のranselが転化したもの。もとの意味は背のうで、つまりは軍が用いていた。幕末に洋式の軍制を導入したとき、この言葉を持ち込んだらしい。それが学校で用いられるようになったのは1885年の学習院がはじめで、馬車や人力車での通学を禁止し徒歩通学を命じたときに着用させたという。 そのころまだ布製だったランドセルが現在のように革製箱型になったのは、のちの大正天皇が学習院に入学するとき、伊藤博文が献上したことにはじまるともいわれる。当初上流の家庭の、あるいは都市型の商品だったランドセルが一般に普及しはじめるのは1950年代以降。 毎日、かならず何かを学んでいた、そのためにこそ毎日があった貴重な時代。いや、いまでもやはり、その気持ちだけは忘れないでいたいと思う。流されない。日々、何かを学ぶ、なにかを自分に積み立てていく。今日は、なにをランドセルに入れようか。

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 思い通りにいかないときも多いけれど、夜半をすぎてパソコンを前にしないようにと心がけている。ディスプレイの明るい光を夜間に浴びることで体内時計を狂わさないようにと気づかってのこと。 人間にはサーカディアンリズムと呼ばれる周期があって、それは時計遺伝子によってつかさどられている。複数の遺伝子とそれがつくりだすタンパク質が体内時計を整えているわけだ。本来は24時間よりすこし長い体内時計のリズムが地球の一日と一致できるのは、毎日光を浴びて時計をリセットしているからだ。これを逆手にとって、夜勤中明るい照明を利用することで眠気を防ぐなどの工夫も行われている。 時計遺伝子は1984年にショウジョウバエで発見されて知られるようになった。人間の体内時計は脳の複雑なネットワークによるのではという考え方も根強かったが、1997年以降マウスなどの哺乳類やヒトでも同様の遺伝子が発見された。人間の体内時計も、けっきょくは小さな細胞内での遺伝子時計発振によっているわけ。その中心は、脳内の視交叉上核という場所にある。 これまでショウジョウバエでは羽や足、触覚などにも時計があることが知られてきたが、人間でも皮膚や臓器の細胞の中にも時計があると、神戸大学の岡村均教授らのグループが突き止めている。時計遺伝子が、全身に分布する線維芽細胞の中でも働いているのだ。どうやらそのおかげで、夜食をしても胃や腸が昼と同じようにスムーズに消化活動をはじめたりできるらしい。 ただ、そのままでは人間のからだのあちらこちらで違う時間が進むことになるので、脳にある体内時計が、一日一回、それらを同調させていると考えられている。その精巧さ、不思議さ。 目を閉じて、自分のからだの時計の音に耳を澄ませてみる。植物にいたるまで、地上のさまざまな生命の中で、その時計は時をきざんでいる。

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