小橋 昭彦 2008年5月13日


 多様。日本特殊論を唱えたいわけではないが、DNAからみたとき、日本は、出アフリカの3系統の末裔すべてが見られる、世界的にも珍しいところなのだという。
 DNAによる系統分析には、母方からのミトコンドリアDNAによるものと、父方からのY染色体DNAによるものがある。
 現生人類は、ミトコンドリアDNA分析からは20万年から14万年前、Y染色体DNA分析からは9万年ほど前に生まれたと推定されている。
 本書で崎谷さんが描くのは、このうちY染色体DNAに基づく、現生人類9万年のストーリーだ。
 Y染色体は、現在AからRまでの亜系に分類されている。このうちA及びBはアフリカ固有のタイプだ。出アフリカに関連するのはC以降の亜系だが、このうちCが第1グループ、DEが第2グループ、FRが第3グループになる(第3グループは分類が多様だ)。
 日本には、このなかで第1グループであるCの系統と、第2グループに属するDの系統、さらに第3グループからNとOの系統が現存する。
 おもしろいのは、それぞれの分布に地域的な差がみられることだ。
 多くの地域で見られるのがD系統で、これは新石器時代の縄文系ヒト集団に由来する系統と考えられている。新潟で48%、東京で40%、九州で26%などの頻度。北に多く、琉球では見られないがアイヌでは高頻度で見られる。
 ちなみに、これだけD系統がまとまっているのは、世界でも日本とチベットだけだという。
 C系統は、シベリアに高頻度に見られる。この系統はその後、ベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移っていったと思われるが、一方で、後期旧石器時代にC3系統が日本に渡り、現在も九州で8%、徳島で3%くらいみられる。
 またC1系統は南方から日本に入ったらしく、九州南部を中心に4%、徳島10%、青森8%など、太平洋岸で認められる。
 N系統はシベリア北西部と北欧に多く見られ、新石器時代のヒトの移動を示していると考えられる。九州4%、青森8%などみられるが、アイヌや琉球では見られない。
 O系統は琉球で主要な系統だが、弥生時代以降に日本に流入したものと思われ、日本以外では朝鮮半島に多い。日本でも30%前後みられる。南に多く見られるのが特徴だ。
 ユーラシア大陸の混乱で難民化したO系統の人たちが、少人数ずつ日本に渡り、縄文人らに金属器や稲作をもたらしながら、共存してきたらしい。
 つまるところ、出アフリカの3グループが、極東の地で再会し、現在まで暮らしている、それが日本なのだ。
 そう考えると、多様さを受け入れた地としての、世界に開かれることの必要性を思う。日本ではあとから来た系統が先に居た系統を追いやったり滅ぼしたりといった歴史をたどったわけではなかったらしいのだ。
 実は、ここまでで本書のうちの第1章の概要を述べたに過ぎない。
 副題にあるように、この後崎谷さんは言語や文化などについても触れ、日本の多様性を解き明かしていく。
 その向こうに現れてくるのは、日本人とひとくくりにして愛国心を語ることの小ささとでもいおうか。日本を閉じて語る愛国心はカタグルシイけれど、長い歴史と多様性を受け入れてきた事実を背景に見る日本には、むしろ開かれた愛国心とでもいおうか、風通しの良い安らぎを感じる。
 本書は科学書のようでいて、すぐれた日本論、日本人論にもなっている。

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