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ちょっと知的な雑学&トリビア

雪玉が降っている

2001年4月17日 【コラム

 現在、地球上には約14億立方キロメートルの水が存在している。サイコロ状にするなら一辺は1120キロメートル。青森から下関までの直線距離にほぼ等しい。こう表現するとそんなものか、と思われるかもしれないが、では高度1120キロというとどんなものかというと、スペースシャトルでさえ高度はせいぜい400キロ、つまりは間違いなく宇宙空間だ。
 そのはるか高みから、地球に水がもたらされているかもしれない、という説をとなえたのが、米アイオワ大学のフランク博士らだった。いわく、地球には毎分5ないし30個もの小彗星がぶつかっている、雪玉状のそれが地表上1000キロメートルの高みで分解したあと、水を地球にもたらしていると。
 大きな彗星は地球上の水と成分が違うとされているが、小彗星の成分は確認されておらず、その存在も含めて、真偽はまだ確かめられていない。博士らは、2001年春に小彗星を別の望遠鏡で再確認したと発表した。
 ちなみに、全水量のうち淡水はわずか3600万立方キロメートル。極地の氷床など短時間で循環しない淡水を除けば約1100万立方キロメートル。こちらのサイコロの一辺は東京から名古屋までも届かない。
 宇宙からかどうか由来はともかく、今日も地球の水は循環している。ときには氷河になり何万年とかかりつつ、しかし長い目で見るとまた天に帰り、地上に降り注ぎ、また天に帰り。そしてほんの一瞬、ぼくたちの中を通り過ぎたりもするのだ。


One comment to...
“雪玉が降っている”
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小橋

今回のコラムは、「大地の下、水は流れ」を水についての地下篇とするなら、その天上篇というところです。雪玉が降っているというニュースは、1997年のもの。「NASAの発表」あるいは「国立天文台の解説」をご参照ください。「宇宙から飛来する雪玉」も参考になります。その後の動きを含めた解説は「Small Comets」に。




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 上司にしかられているとき、あるいは重要な発表の直前。ねっとりしただ液が口の中に広がり、ごくりと喉を鳴らす、そんな経験のある人は少なくないことだろう。なにせこの世はストレス社会。 米国の社会学者ホームズらによる、ストレスと健康の関係を調べた有名な研究がある。知人の死亡や仕事の変化、引越しなど、ライフ・イベント(人生事件)を43項目に分類、それぞれのストレス値を算出して、総合点数が高いほど健康を害す割合も高いことを明らかにしたもの。 ストレスは脳下垂体前葉ホルモンの放出と密接な関係があり、副腎皮質刺激ホルモンやプロラクチンなどがストレスに反応して放出される。副腎皮質刺激ホルモンは副腎皮質からグルココルチコイドの放出をうながすが、それを引き金にだ液中に分泌されるのが、アルファ・アミラーゼという酵素。 富山大学らの研究グループが、この酵素の量を調べてストレスの大きさを測定する技術を開発した。特殊なビニール製チューブでだ液を採取、測定装置にかけることで10分程度で酵素量がわかるのだとか。 脳波を調べる従来の方法と比べて簡便。健康診断など以外にも、たとえば商品を使ってもらいながらだ液を測定したりして、利用者のストレスが少ない商品開発につなげられないかなどと考えられている。Webサイトを使いながら測れば、ユーザビリティの向上にもつながるだろうか。 生きている以上、ストレスがあるのはしかたない。山を登るとき息切れするように、自分を高めようとするがゆえに辛いのだろうと、そんなくらいに考える。ねばっこいだ液を舌に、かつて胃炎をわずらったあたりをなでながら。

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