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ちょっと知的な雑学&トリビア

超大陸

2005年6月16日 【コラム
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 都道府県を組み合わせるパズルを子どもとしながら、なんとはなしにウェゲナーのことを思い出していたのだった。南アメリカとアフリカの海岸線が似ていることからかつてはくっついていたと考え、インドのゴンド民族の土地で発見した氷河によるこすり跡などをもとに論証した気象学者だ。およそ3億年前の、いわゆるゴンドワナ超大陸。
 ウェゲナーは他にも古生物などの証拠を揃え、1912年に論文を発表している。ただ、それがすぐに認められたわけではなく、注目されるようになったのは、1950年代になって地磁気の研究が進んでから。岩石ができるとき、地磁気の強さと向きが痕跡として閉じ込められる。各地の痕跡を調べると、かつて同じ大陸だったものが移動したと考えるとつじつまがあう。その後、海底断層の研究などが積み重ねられ、プレート・テクトニクス理論として結晶する。地表はいくつかの移動するプレートから成るとする理論だ。
 超大陸はゴンドワナだけではない。およそ27億年前に大陸が誕生して以来、19億年前の超大陸ヌーナをはじめ、2億3000万年前の超大陸パンゲアなど、何度かくっついたり離れたりしている。そのたびに生命は大きな影響を受けた。パンゲアとともにあった超海洋パンサラッサは、ひとつであったがゆえに生命の一様さにつながりその後の大量絶滅の要因となった、9000万年前のローラシア超大陸はしばしば浅い海で分断されたゆえに恐竜の多様性を生んだ、といった説もある。
 プレート・テクトニクスを習ったときの驚きは以前も書いた。何億年も前に存在した超大陸が、氷河のこすり跡や磁気、巨大山脈の痕跡などを通して、現在のぼくたちに語りかける。プレート・テクトニクスは、地震や火山、山脈の形成などをすっきりと説明しつつ、生命の起源の場ともされる海底の熱水鉱床のように、新しい知の扉を開いてもくれる。プラトンが書き残したアトランティス伝説やムー大陸の謎も悪くないけれど、ぼくはこのリアルで壮大な物語に惹かれる。

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2 comments to...
“超大陸”
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小橋昭彦

今回調べていて知ったのですが、地学については、教科書そのものといった情報が公開されているサイトが複数あるのですね。すごい。「地学教室」「地球科学一般」「われわれは何者か」「啓林館」など。

今回に関連しては、かつてのコラム「10億年後の大渇水 [2002.03.25]」及びそのときの参考サイトもご参照ください。また、「地殻変動を探る」「地球内部のダイナミズム:スーパープルーム」がお薦めです。「Alfred Wegener Institute for Polar and Marine Research (AWI)」というのもあります。


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トクツトミオ

こんにちわ基本的に理学系の話題が多いですね、
残念ながら私は真理しか知らない変な人間ですが話題についてゆけますから 今後もこの方向へお進みください、最近専門学校の心理学講師仕事が決まりまして現在テキスト執筆しています、当分「晴耕雨読」じゃなくて「晴耕雨述」状態ですデモメルマガは休憩に読みますよ、続けてくださいね。先月福知山まで行きました養護学校で美術を教えている方と奈良の研究会で知り合いましてその方の美術展のお誘いを受けて京都縦貫で丹波まで行き福知山まで行きました、帰りに氷上へよることはできたのですが近々農業のプランニングで相談によります。




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 ヴォイニッチ手稿という文書がある。1912年に発見された、奇妙な文字で書かれた中世の文書。暗号だと言われ、第二次世界大戦で日本海軍の暗号を破った米軍の暗号解析者たちが手遊びに解読に挑戦するなどしてきたけれど、いまだ誰も成功していない。 単なるでたらめかもしれない。最近の研究で、中世のカルダーノ・グリルという道具を使えば、似たような文書を作れることがわかった。穴の開いたカードを文書にかぶせ、窓から見える文字をつなげる。あるいはそのようにして詐欺師が王朝からお金を巻き上げるために偽造したのだったか。 もう少し新しいところではビール暗号。こちらは1820年頃にヴァージニア州のホテルに宿泊した旅人が残したもので、3枚あって数字がびっしり書き込まれている。自分が隠した黄金について、1枚目に隠し場所、2枚目に宝の内容、3枚目に相続者の名前を記したという。2枚目についてはアメリカの独立宣言を鍵に解けることが発見され、その結果を含めて小冊子として公表された。信憑性は高いのではないかと、今も挑戦が続く。 古代エジプトのヒエログリフにもあったというから、暗号の歴史は長い。別の文字に置き換える方式がずっと用いられていたが、文字の出現頻度を分析すれば解読できることが発見され、信頼が揺らいだ。ポーやホームズの作品にも登場する手法だ。その後新しい手法が生まれ、バベッジやチューリングといったコンピュータの歴史でもなじみの名前が解析者として登場し、公開鍵という画期的な一歩があり、最近では量子暗号の開発が続く。 ルイ14世の大暗号を200年の時を経て解いたバズリーは、頻出する文字の並びが「敵」を意味するのではないかと気付いたことがきっかけになったという。そんなちょっとした着想がヒントになる可能性。ハイテク暗号の時代にヴォイニッチ手稿やビール暗号に惹かれるのは、そんな魅力ゆえだろうか。

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 健康に気をつかうのは、あたりまえなのだろうか。健康観の変遷を振り返りつつ、そんな疑問が頭をもたげてきた。健康という言葉が日本に根付いたのは明治になってからのこと。衛生観が根付いたいきさつは以前のコラムで書いたけれど、健康についても並行する形で、翻訳語として定着していった。 江戸時代に似た概念がなかったわけではない。貝原益軒『養生訓』にある、養生という言葉がそれだ。ただ、養生という言葉の背景にあるのは、私欲を抑えて孝行につとめようといった考え方で、つまり人間は生まれつき父母から授かった身があるわけで、天の理に従えば天寿をまっとうできるとするわけだ。ところが健康はそうじゃない。むしろ強くなりたいといった私欲を肯定し、それを追及することが公益につながると考える。 ややこしいのはそれを国家が推進した点で、明治以降、コレラ対策や富国強兵などの要請から国家がある意味「健康」を強制した。その構図は、医療費抑制などの必要性から国が健康対策を進める現代もそれほど変わらないのかもしれない。ただし今では、テレビや雑誌の影響の方が強い気はするけれど。 悲劇的なのは、そうして不安をあおられつつも、あなたは健康だと証明してくれる人がどこにもいないことだ。夏の甲子園大会に出場するために必要な健康証明書の文面を調べた上杉正幸氏は、1970年代にそれまでの「野球競技に耐えられる」から「健康診断の時点では異常がなかった」に証明内容が変わったと報告している。医師でさえ、証明できるのはある一時点の検査の範囲内での異常の不在であり、その後の健康な生活ではない。 健康づくりなんて言葉が一般化している状況を考えると、現代においてぼくたちは、自分の身体は普通に暮らしていると不健康になると感じているのだろう。それは養生の時代からはずいぶん遠く、それを思うとき、あるいは不健康なのはぼくたち個人ではなく、社会ではないかという思いを禁じえない。

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