ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

心の理論

2005年4月21日 【コラム
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 幼い子を叱るのは難しい。ダメと言うだけでは怒っているにすぎないと「そんなことをしたらお母さんが悲しむよ」と言ってみる。一方で、他人の気持ちを察するのは3歳の子には難しいとも思う。上の子が4歳のときだったか、「他の人の気持ちを考えなきゃ」と叱ったら「大人の言うことは難しい」と返されたことを思い出す。ちょうど心の理論を身につけ始める頃で、それゆえに難しさを実感したのだったかもしれない。
 他者が自分と違う意識を持つと自覚し、それを察しようとすることを「心の理論」という。心は、直接知ることはできない。他者の言葉や仕草から仮説を組み立て、だからこうだろうと予測するほかない。この流れが科学理論に似ているところから、心の理論と名づけられている。
 誤った信念課題と呼ばれる実験がある。子どもの前に赤い箱と白い箱を置く。先生が赤い箱におもちゃを隠して教室を離れる。その間に、別の誰かがおもちゃを赤い箱から白い箱に移す。帰ってきた先生は、おもちゃを取り出すためにどちらの箱を開けるだろう。幼い子は、先生と自分を分けず、白い箱と考えてしまう。大人のように赤い箱と答えるのがだいたい4歳くらいなので、そのくらいが心の理論を身につける年齢とされている。
 もっとも、つい最近の実験では、15ヶ月の幼児でも誤った信念課題に正しく答えたという結果も報告されている。また、動物が心の理論を持っているかも研究課題だ。端的な実験としては、相手が指差した方向を見るか、などがある。チンパンジーは持っていそうだがサルについてはあやしいと言われるけれど、議論が続いているようだ。
 あらためて振り返ると、ぼくたちは心の理論を持つからこそ、あの人は自分をどう思っているだろうと恋に悩むこともできるし、相手を傷つけないようにと自分を抑えもするのだ。それは、なんて特別なことなのだろう。

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4 comments to...
“心の理論”
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小橋昭彦

先に新しい研究の紹介をしておきます。4歳くらいから心の理論を持つという説に疑問をはさんだのが「Psychological reasoning begins earlier than had been thought study shows」としてニュースリリースが出ている、今年発表の「Kris Onishi」らによる論文です。原著は「Do 15-month-old infants understand false beliefs?(Science 308 255-258)」です。

また、細かく紹介できませんでしたが、サルには目線を追ったりできないとしばしば指摘されてきたのに対し、友好的な仲間の視線をおう習慣がないからだ、敵対関係なら視線を理解して餌をかすめとったりすると報告しているのが、やはり今年発表の「Rhesus Monkeys Attribute Perceptions to Others(Current Biology Vol 15 447-452 8 March 2005)」です。NewScientistの記事「Monkeys see competitors” point of view」がわかりやすく伝えてあります。

日本語の情報源では、「ヒト・サル・ロボットから探る、心の進化と発達」がお薦めです。「進化研究と社会:心の理論/志向意識」はいつもながらすばらしいリンク集。また、コラムでは触れられませんでしたが、心の理論については、チンパンジーなどとの比較研究、発達心理学面での研究、ロボット研究との連携などの動きのほか、「特別講演「『心の理論』の発達-幼児期の心の理解の豊かさをさぐる」」で触れられているように、心の理論と自閉症の関連についての研究も盛んな様子です。心の理論について考えていると、いつか取り上げようと考えている進化心理学と微妙に重なってくるのですが、「認知発達研究における進化心理学の可能性」がうまくまとまっています。あと、「コミュニケーションにおける「心の理論」の役割」を読んではっとしたのですが、確かに、そもそも心の理論とは、という問いかけを深めていくのは鋭い視点ですね。

書籍では、『認知発達と進化』を参考にしました。あと余談ですが、最近文庫化されたSF『太陽の簒奪者』が心の理論を扱っており、ナノテクノロジーの未来像についての鋭さとともに、一気読みの面白さでした(主人公の女性がもう少し心の理論を持っていればなあとは思ったけど……笑)。このSFを読んだのが、今回のコラムのテーマを決めた直接的なきっかけです。


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SPD

=心は、直接知ることはできない。他者の言葉や仕草
から仮説を組み立て、だからこうだろうと予測するほ
かない。=
いつも拝読しています。仕事柄(学童保育の指導員)
叱るという作業には敏感です。前記のように他の心を
予測することが苦手な児童が多い昨今とされています
が、あながちそうではないように近頃感じています。
赤ちゃんから幼児時代、学齢期に大人から大量の情報
を与えられ、大急ぎで大人への準備を強いられると低
年齢でも充分心根をうかがえる素養は出来ます。心配
なのは適齢であるということ。人の心の裏の裏まで見
ようとするなんて子供のすることではないように感じ
ています。そんな『うらわざ』よりは無邪気な『反抗
期』に出会った時の方がストレートに叱れます。兄弟
げんかに親子げんか、夫婦げんかに至っても昔は派手
だった割にはもとのサヤにすぐおさまったわけです。
我が学童もそうありたいと願っています・・・。


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小橋昭彦

SPDさん、ありがとうございます。ご指摘の点、なるほどと思いました。最近の若い人の傾向として互いを傷つけない薄いつきあいが指摘されますが、それってほんとうに他者を思いやってのことなのか、とか、キレはしてもけんかはしないのだろうかとか、反抗期ってそもそも何、とか、いろいろ発展して考えることがいっぱいありますね。


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SPD

-ご指摘の点、なるほどと-
恐縮です。学童保育という人様のお子達をお預かりす
る職業ですからあたりまえと言えばそれまでですが、
強く子どもを叱った時は3日ぐらいはアレで善かった
のかと思い返し、またその日は寝つきが悪かったりし
ます。褒めた時も反すうはかかせません。心と心だけ
でやりとりすることは思いのほか重労働です。孫にプ
レゼントすることが軽作業と言っては叱られるかもし
れませんが、出来れば心が主体でモノはオマケであっ
て欲しいと思います。


リンク: Egg-Citing Discovery: Dinosaur fossil includes eggshells: Science News Online, April 16, 2005.
The pelvis-filling volume of the eggs also suggests that the dinosaur could carry only two eggs at a time, says Sato. The similar size of the two eggs hints that the creature had two oviducts that produced one egg each and did so […]

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 心理学に「パンダ、サル、バナナ」から仲間二つを選ぶ実験がある。日本人ならサルとバナナを選ぶ人が多いのではないだろうか。中国人もそうだ。これがアメリカ人だと、パンダとサルが多くなる。欧米人はものごとをカテゴリー化してとらえるのに対して、東洋人は関係性や文脈に注目するという。 これをもってあなたは西洋タイプ、東洋タイプと遊んでもいいけれど、むしろ重要なのは、両者が違う世界の見方をしていると気づくことだ。同じ桜を見て「きれいだね」とうなづきあったとしても、一方は古寺を背景とする色合いを誉め、一方はやがて散るはかなさゆえの輝きを愛でているかもしれない。 心理学の戸田正直氏が提唱し、人工知能分野でも知られている思考実験に、キノコ喰いロボットというのがある。キノコを食べて自活するロボットをある惑星に送ったとき、どのような要素が必要になるか、という問いだ。キノコを見分ける能力、キノコのある場所を推測する能力などはもちろんだけれど、より難しいのは、自分がどれだけのキノコを食べていいかというルールだろう。 キノコは有限だ。一体のロボットからすれば食べたいだけ食べる方が有利だけれど、みんながそれをするとキノコが無くなり滅亡する。それに近い経験を経て、やがてロボット社会にはキノコを食べ過ぎると森の神が怒るといった神話が生まれたり、遠慮につながる感情が生じるかもしれない。こうして惑星に適応していくために、社会制度や個人の心理が築かれていく。 東洋と西洋の違いを生んだのはどんな自然環境、社会環境だったか。何千、何万年の過去に思いをはせるとき、ぼくたちは少し、相手に対して優しくなれる。この瞬間の違いを取り立てるより、互いが違う世界を見ていると知った上で、ともに生きていく。同じ桜を前に違う意味で「きれいだね」と言ったとしても、互いを受け容れていれば、肩寄せ合うひとときはあたたかい。

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