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ちょっと知的な雑学&トリビア

ウィルスと進化

2005年3月31日 【コラム
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 ヒトを含む多くの生物は、真核生物といって、核を持つ細胞からなっている。それに対して、細菌などは核を持たず、原核生物と呼ばれている。では核は原核生物が適応する中で徐々に形成されたのだろうか。この疑問にたいして、原核生物の中に原核生物が共生し、それが核になったという細胞内共生説を唱えたのがリン・マーグリスだった。
 核の起源はウィルスとする説もある。原核生物のDNAはほとんど裸の状態で細胞内にあるけれど、真核生物のDNAはタンパク質でくるまれている。これはウィルスに共通する特徴だ。原核生物がウィルスに感染し、真核生物となったのかもしれない。
 ウィルスというとインフルエンザウィルスなど悪役のイメージだけれど、どうやら進化の過程で大きな役割を果たしてきたらしい。インフルエンザウィルスに関する報道でも触れられるように、ウィルスは絶えず複製し変異を起こしている。多様な遺伝子を生んでいるわけだ。そしてウィルスは宿主を渡り歩く。インフルエンザウィルスならトリやブタやヒトと種を超えて。このとき、有益な遺伝子は宿主のゲノムに取り込まれることがある。生物の変化のゆったりしたことを思えば、ウィルスが進化に及ぼした影響はあなどれない。
 ウィルスは生命ではないとされる。タンパク質を合成するなど増殖に必要な過程をすべて宿主に頼っていることなどが理由だ。これまでその存在は、生命とは何かという議論を活発化させてきた。生命を定義するなら、誕生から死亡までの期間とするのがまずは無難で、つまり死があるからこそ生きているという、ある種の哲学論になってしまう。
 そして今、ウィルスは進化とは何かと問いかけている。生物の進化が、ウィルスという非生物に多く拠っていたという考え方は刺激的だ。同じ構造を文明にあてはめるなら、文明を進化させてきたのは果たして人類という主体だけであったかという問いにもなる。

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7 comments to...
“ウィルスと進化”
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小橋昭彦

日経サイエンスに掲載された「Dr. Luis P. Villarreal」による記事「ウイルスは生きているのか」を参考にしました。「All the Virology on the WWW」もご参考に。


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得津富男

先ほどは再送信確かに拝受しました。感謝しています、
さて私は枚方市で「哲学カフェ・イン・枚方」と言う集いを始めています第一回は金沢創さんの著書をテーマにした「他者に心は存在するか」から論じました、次回四月は若い自民党、改革派の寝屋川市議広瀬啓介君による「真の地方財政改革はこれだ!」(仮題)です以降花園大学大阪医大講師の辻先生による山田無門著「禅の十牛図」を語る、です。などの企画をしていますよければ一度企画されませんか?


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小橋昭彦

得津さん、ありがとうございます。

本にでもまとめてからがいいかなあ、と考えています。このコラムをまとめたものではありませんが、そう遠くないうちにと予定しています。そのときにでもまた、メールでご相談ください。


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徳田 泰彦

いつも新鮮な視点に感銘しております。
ウィルスと進化、おもしろいテーマですね。生命とは何か、改めて考えるヒントになりそうです。
また、「今週のクリップ八選」の中で、「ライフ・キャリアデザイン」をご紹介いただきましたが、普段考えていることが、本小論文でより明確に意識できるようになりました。感謝申し上げます。

徳田泰彦
p.s. ブロードバンドを活用して、より便利で住みやすい社会が実現できるようなサービスを提供できればと常々館手下ります。


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西園寺克

ヒトのDNAの解析でレトロウイルスの痕跡がたくさんあるとされています。どこかの時点で紛れ込んで現在は使われていません。
ウイルス感染で生き残った種と、種を絶滅させなかったウイルスが残っています。ヘルペルウイルスとヒトが良い例です。
核膜についてはミトコンドリアが侵入してきてから、できたという考えもあるようです。
もっとも、タイムマシンがないと証明できませんが・・

ミトコンドリアとランブル鞭毛虫について調べると面白いと思います。


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しゃあ

西園寺さん 初めまして。
ウィルスが生き残れる 強い宿主を 選択してきたということですか? 見返りに 進化させてやる?

息子が小さい時(小6)こんな事を言ってました。
時の支配者の大きな役割の一つに 「次世代の支配者に刺激を 与える」が あるのでは。今 人類は いろんなクスリで 細菌などを刺激している。
次の支配者は 細菌だ。こんなの アリですか。


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塩沢由典

得津富男さま

「哲学カフェ・イン・枚方」、どんな集まりか教えてください。「実験哲学カフェ」をご存じですか。北区・扇町周辺で行われているもので、2001年1月に始まり、最近は月2回のペースでもうじき100回目を迎えます。

ホームページ http://www.shiozawa.net/cafephilo/tetsugakucafe.html 
の「町中の哲学カフェ」に「哲学カフェ・イン・枚方」を紹介したいのです。実験哲学カフェ用のe掲示板があります。「紹介コーナー:他の町の哲学カフェ」
http://www.talkin-about.com/xoops/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=239&forum=15
というコーナーを見て、書き込んでください。

塩沢由典(実験哲学カフェHP担当)




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 インドネシア・フローレス島で発掘され、ホモ・フロレシエンシスと名づけられた小さな原人が、人類進化の定説を覆そうとしている。少なくとも1万3000年前まで生存しており、ホモ・サピエンスはおよそ2万5000年前から唯一の人類として生き残ってきたという定説が書き換えられることになる。 加えて、約1メートルというその身長。島嶼化といって、小さな島ではウサギより大きな哺乳類が小型化する傾向は知られている。食料が限られているから、捕食動物がいなければ、小さい方が生き残りに有利なのだ。一方でウサギより小さな動物は大きくなる。エネルギー効率がいいのだ。しかしこれまで、人類に島嶼化をあてはめた例はなかった。文化によって淘汰圧を乗り越えるとされてきたのだ。ホモ・フロレシエンシスは、人類もまた、他の動物と同じ進化の道をたどる可能性を示している。 そして、脳。ごく初期のヒトと同じくらいの大きさしかないのに、一緒に見つかっている石器類は高度な技術に支えられている。独創性に関する部分は大柄な原人より発達していたようだけれど、脳が大きくなったことで能力も高まったという人類進化の通説もまた、揺らいでいる。 もっとも印象的だったのは、フローレス島に伝わるエブ・ゴゴ伝説との類似だった。この島には、直立歩行をする小さな動物がいたと語り伝えられている。歩き方は上手じゃなく、食欲旺盛でつぶやくように話す。「なんでも食べるおばあさん」という意味をこめてエブ・ゴゴと呼ばれた。 ホモ・フロレシエンシスこそエブ・ゴゴだったのだろうか。伝説は、自分たちがエブ・ゴゴを火山洞窟に追い込んで滅ぼしたと語っているという。確かに、ホモ・フロレシエンシスは噴火がきっかけで滅亡したとも考えられている。彼らを救えなかったという心の痛みが、伝説を生んだのか。小さな原人は、ファンタジーとリアルの境界も揺るがしている。

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 多くの動物は死ぬまで繁殖を続けるが、人間の女性だけは、閉経後も長く生きる。この理由を説明するのが「おばあさん仮説」だ。フィンランドとカナダの多世代にわたるデータを分析した科学者らは、閉経後に長生きした女性ほど孫の数が多いことを見出した。ある年齢に達したら、自分で子どもを産むより、自分の子どもの子育てを助けた方が、遺伝子を多く残せるのだ。研究者らは、祖母の多くが、自分の子どもが更年期を迎えた頃に亡くなっていることも指摘している。 もっとも、親が子に子育てを教えられるのも、人類が言葉などを身につけたからこそだろう。初期から現生人類まで、数百万年にわたるヒト科動物の化石を調べたミシガン大学研究者の報告によれば、今から約3万年前、高齢まで生きる人の数がそれ以前の4倍に増えたという。ここでいう高齢とは、生殖が可能になる年齢の2倍以上。生殖可能年齢は第3大臼歯がはえる年齢とほぼ同じで、歯の化石を調べればわかる。人類が言葉を得たのがおよそ5万年前とされるから、その後祖母から母へ子育てを教える風習が芽生え、長生きにつながったのかもしれない。年長者は若者にさまざまな知識も伝えたろうから、文化の発達が長寿を生んだのではなく、長寿こそ文化の発達を生んだともいえる。 田舎に暮らしていると、おばあちゃんという言葉をよく聞く。わが家でお味噌汁をお出ししたお客様はおいしいと驚かれることが多いけれど、それはおばあちゃんの手による、まさに手前味噌ゆえ。今のうちに習っておかねばと思っている。もっともその一方で、食料品店で買ったほうが手軽と思うのも事実で、田舎でも、おばあちゃんの智恵を伝えようと口にすると、なんでそんな進歩が無いことをするのかと反論されることもある。そんなとき、ふと進歩ってなんだろうと疑問がよぎり、おばあさんとともに進歩する道はないのかと自問する。

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