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リスクとヒューリスティック

2004年8月26日 【コラム
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 リスクという言葉は、人によって受け取り方がまったく違うかもしれない。避けるべきと考える人と、当然の前提と考える人と。本来リスクは、どんな事象にもついてまわる。ぼくたちに求められるのは、それを正しく評価し、意思決定を行っていくことだ。
 リスク許容度を考えるとき、しばしば引き合いに出されるのが、百万分の一という数字だ。米国のスターが1969年の論文の中で、最低を自然災害による死亡率、最高を不治の病による死亡率として、その間で社会的便益とのバランスをとりつつリスクの許容水準が引かれると説いた。このとき、不治の病の死亡率が100万人当たり1万人、自然災害の死亡率が100万人当たり1人と見積もられている。このあたりが、百万分の一の由来らしい。
 日本の交通事故による死亡率は百万分の一より高くて70くらいになるけれど、メリットが大きいから許容していることになる。自然災害による死亡数はスター論文程度だが、三大疾病による死亡数は100万人に5000人いかないから、リスクの許容上限は厳しくなっていると言えるかもしれない。
 もっとも、こうして分母を揃えてリスクを比較することはまれで、ぼくたちはふだん、ヒューリスティックと呼ばれる、手近な方法で評価している。たとえば英語でrで始まる単語と3文字目がrの単語ではどちらが多いか、と尋ねると、多くの人がrで始まる方が多いと答える。実際には後者の方が多いのだけれど、記憶から探索しやすい方を、高い確率と評価してしまうのだ。
 ヒューリスティックすなわちいいかげんというわけではない。現実問題として世の中すべてを考慮に入れることなどできないわけで、人工知能にヒューリスティックを持たせる研究もある。リスクの正しい評価は必要だが、たとえば敵を前にしたとき、適度なヒューリスティックがあったからこそすばやく対処できたのでもあろう。ぼくたち人類はそうやって、適度を学びつつ生き延びてきたのだ、きっと。

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One comment to...
“リスクとヒューリスティック”
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小橋昭彦

入門書的には『心理学が描くリスクの世界』をどうぞ。リスクに関しては、「リスクミレニアム」が参考になります。また「Harvard Center for Risk Analysis」もどうぞ。「リスク感覚論」もわかりやすいですね。日本の死亡率については、「厚生労働省」の人口動態統計を参考に。「国連開発計画のリリース」を見ると、先進国以外では自然災害による死亡率は一桁高いんですね。コラムでは触れられなかったけれど、こうした視点も必要。

さて、文中で触れているrを含む単語の実験は、KahnemanとTverskyによる1973年の論文が出所。ノーベル経済学賞を得たこの二人ですが、意思決定論的にいろいろおもしろい論文があって、「常識を疑え [2003.04.14]」や「しあわせですか [2004.06.24] 」などかつてのコラムでも引用しています。プロスペクト理論を表立ってとりあげたことはないのかな。また機会を見つけて。それから、コラムで取り上げたのはいわゆる利用可能性のヒューリスティックというもので、その他「代表性」や「係留と調整」などのヒューリスティックが知られています。「市民のリスク認知」などの解説をどうぞ。




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 1989年10月9日、ベルリン。誰が主導したわけでもないのに、東独では七万もの人が東西を隔てる壁に集まり、民主化を叫んだ。この群集の行動を、ノースウェスタン大学の研究者らが複雑系の理論を用いて説明している。それによると、このときの人々の行動は、多くの人を真似るという単純な原理で説明でき、しかも秘密警察というノイズの存在が行動を促進したという。 複雑系では、外部の要因に頼らずに群れの行動を説明できる。有名なのがレイノルズ博士によって見出された「ボイド」だ。鳥の群れは、目指すべき巣とか太陽の位置など外部要因からシミュレートしようとしてもうまくいかない。ボイドでは、たった3つのルールを持たせるだけで、群れの動きが再現できる。 まずは、仲間が多くいる方向に向かって飛ぶこと。次に、近くの鳥たちと飛ぶスピードや方向を合わせること。そして、近づきすぎたら離れること。この3つだけ。もう少し複雑にするなら、個々の鳥に視野の広い狭いといった個性をもたせたり、しばらく飛んだら気まぐれで離れようとしたりというルールを加えてもいい。魚の群れもこれでそれっぽく再現できる。 人間の消費行動もボイド的とする調査がある。みんなが買うベストセラーを買い、友人が薦めるものを手に入れ、だけど一方で個性やこだわりを追及する。なるほど、こうしてみれば、ぼくたちは消費に限らず、ふだんからボイド的に生きているかなあなんて思えてくる。視野が狭いとか、距離感が近すぎるとか、個性を持たせるといっそう似そうだ。 そんなことを考えていると、なんだ、自分もまたそうしたいろんな方向性の心を持っていて、それらが総合的にまとまって今日を生きているに過ぎないと、そんなことに気づく。そして自分を構成する要素のひとつひとつを引っぱりだして、ゆったり組み立てなおしてみる。たまには自分を一個ではなくシステムとしてみるのも悪くない。

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