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ちょっと知的な雑学&トリビア

海苔

2001年2月27日 【コラム
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 最後の一枚を小さな手がとっていく。子どもの好物だ。よくそのまましゃりしゃりと食べている。ご飯にまいて食べるんだよ、と何度注意しても。
 日本で生産されている海苔は、年間およそ100億枚。ここでいう1枚の大きさは19センチ×21センチ。焼海苔になったり味付海苔になったり、ふりかけに入れられたり。
 8世紀、大宝律令では「ぬらぬら」と呼ばれ租税の対象となっていたというから、海苔の歴史は古い(日経1月31日)。自生するのは河口部の浅い海だけで、当初は貴重品だった。
 養殖が始まったのは江戸時代。将軍に献上する魚を飼っていたいけすで、木や竹でつくった囲いに付着しているのを見て思いついたのだとか。ただ、気象によって収量が大きく変動するので、「運草(うんぐさ)」なんてあだ名がついたりもしている。
 さて、海苔といえばおにぎり。おにぎりは源氏物語の頃に登場した「屯食(とんじき)」が原型とみられるけれど、さて、そこに海苔がまかれるようになったのがいつか、定かでない。紙すきをヒントに現在の干し海苔につながる海苔のすき製法がはじまったのが江戸時代とされるので、それ以降ではあるのだろう。
 手にした海苔を口にしようとして、「まいて食べるんやな」とご飯にもっていく。ともあれ、わが息子にとっての海苔まきは、ここ数日が起源である。

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5 comments to...
“海苔”
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小橋

のりについては、「山本山」「ヤマコ」「海苔博士になれるかもしれないページ」などを。


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小橋

今日の没ネタ。物理学の運動エネルギーの式を応用した経済活力の算出法を提案(朝日1月31日)。古文書をもとに幕末の天気図作成(日経1月31日)。


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イチミ

今年は海苔がとっても不作なんですね。
まさに運草。
海苔が貴重品、というのは改めて新鮮な気も。
海苔巻も今年は少なめになるのでしょうか。

そう言えば「土曜日は手巻の日」なんてキャッチも流行りましたよね。
最近は韓国海苔に押され気味でしょうか。


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村田 尊彦

ニコニコのりの本社の隣で仕事してます。
各地に行って旅館などに泊まると、朝食にかならず海苔が
付いています。まさに日本の朝ご飯の定番です。
「ニコニコのり」「浦島のり」他、いろいろなブランド名
が、あっても本社所在地はみんな一緒。ニコニコ海苔本社
と同じ・・・ということは、同じ系列会社か。
うーん。高級品から廉価品まで、扱うのにイメージも大切
なんだなぁ。で、ブランド名を使い分けているのか。


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takuji

おにぎりと言えば、丸くするか、三角にするかには地域性があって、ちょうど関が原のあたりがその境目だとか、聞いたことがあるような気がします(テレビだったかな)。本当のような嘘のような…。どなたかご存じないですかね?小学生のころからの疑問です。




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 驚いた。今回のコラムを書くにあたってバックナンバーを検索してみると、笑いに関するタイトルだけで1998年1月以来5回も書いている。しかもそのうち「作り笑い」と「笑い」というタイトルが、それぞれ2回。内容は違うけれど、ふだん同じタイトルをつけないように気をつけているつもりだっただけに意外。深層心理で、それほど笑いを求めていたのだろうか。 史上描かれた、もっとも有名な「ほほえみ」といえば、モナ・リザのそれだろう。中世キリスト教社会が微笑を聖母子像の表情に限っていた時代のあと、ルネサンスの人文主義を経て描かれたダ・ビンチの傑作。 19世紀の画家ルノワールは、天真爛漫なほほえみを描いたとして知られる。ところが、彼が活躍した19世紀、微笑を描く画家はほかにいなかったとオルセー美術館のカロリーヌ・マチュ主任学芸員は指摘する(日経1月28日)。ブルジョワ社会だったゆえ、肖像画には威厳が要求されていたというのだ。それでもあえてほほえみを描いたルノワール。 息子が2歳を過ぎたころ、難しい顔をしていた父親の口の端をひっぱりあげて、「わらってよー」とせがむことがあった。ルノワールは言っている。「人生には不愉快なことがたくさんある。だからこれ以上、不愉快なものをつくる必要なんかないんだ」。 そうして、ぼくはまた、笑みを主題にコラムを書いている。

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 兵庫県に生まれたから、日本のへそといえば西脇市のことだった。経緯度で日本の中心となる東経135度と北緯35度が交差するまち。 ところが日本には、これ以外にも「へそ」が多くある。たとえば同じく「日本のへそ」とうたう石和町は、日本列島の中央、山梨県の中心に位置するまちと定義する。同様に本州の中心、長野県の真ん中のまちが松本市。「へそのまち」群馬県渋川市は、北海道から九州を直径とする円の中心に位置している。「日本列島の中心」をうたう栃木県の田沼町はちょっと複雑。北海道最北端と九州最南端から日本海側、太平洋側それぞれの海岸線の中心を出し、両所をつないだ中心にあると説明している。 もうひとつ、地理的ではなく人口上の日本の重心として知られたのが「日本まん真ん中の村」岐阜県美並村。ところが、最新の国勢調査の結果、21世紀を前にして、人口重心は隣の武儀町に移ってしまった(日経2月1日)。「日本まん真ん中センター」まで作って村おこししていただけに村長も無念。 じつは西脇の「日本のへそ」さえ、最新のGPS測量の結果、以前の位置から移動している。まして人口重心となると時代とともにずれるのもしかたない。せめて関西が復権して人口が西へと移動することを期待するほかないわけで。いや、ほんとうは村そのものに人口が流入する、そんな時代を期待したいな。

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