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ちょっと知的な雑学&トリビア

ナノの世界

2004年1月08日 【コラム
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 このところ注目されているナノテクノロジー。ナノというのは大きさの単位で、10億分の1を指す。地球の直径を1メートルとすれば、1ナノメートルは1円玉程度の直径ということになるし、逆にぼくの身長を1ナノメートルとすれば、本来のぼくは月までの距離の4倍あまりの身長でそびえ立つことになる。
 ナノを日本語の単位で表すなら塵(ジン)だ。なるほど、チリほどの大きさ。もっともたとえば流星塵は10マイクロメートル前後というから、ナノより桁が大きい。1万塵で1つのチリか。
 小さな数は親しむことが少ない。調べてみると、分、厘、毛、糸(シ)、忽(コツ)、微、繊、沙(シャ)、塵、埃(アイ)、渺(びょう)、漠(ばく)、模糊、逡巡、須臾(しゅゆ)、瞬息(しゅんそく)、弾指(だんし)、刹那、六徳(りっとく)、虚空、清浄、と続いている。分が0.1で以下一桁ずつ下がっていくが、野球の打率表現とはずれている。後年になって0.1の桁に「割」が割り込んできたらしい。
 単位をみると前半が大きさ、後半は時間に関係する漢字が多い。塵にならって沙を見れば、水辺の砂の意味だが、砂粒は2ミリから16分の1ミリまでと定義されているから、1粒は1糸メートルつまり1万沙メートルということになる。刹那とは10のマイナス18乗、指をはじいて音を立てる「弾指」より短い間。
 人類が誕生してこれまで、地上に何人の人が存在したろうか。毎年8000万人が生まれる現在の状況からは過大に考えるけれど、実際にはせいぜい一千億人という。とすれば、ぼくという一人は人類にとってナノ(塵)の二つ下の桁、「渺」の単位だ。この文字、水のようにかすかで見えにくいという意。なるほど、ひとりの人間なんてわずかな存在。ただ、渺は六徳や虚空を上回る。六徳は仁や和を含むし、虚空とは仏教用語でいっさいのものが存在する空間。この小さな桁に六徳や虚空をはらむイメージは美しい。

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12 comments to...
“ナノの世界”
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小橋昭彦

小さな数の単位については、「大数の名前について」「刹那はどれくらい短い?」「小さい数の単位」などをご参照ください。砂については「砂丘のひみつ」などを、流星塵については「Cosmic Dust Researching Group」などを、人類の人口については「人口増加:直面する課題」「人口学」などをご参照ください。


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小橋昭彦

参考リンク先にもありますが、数の単位のうち、小さなところについては諸説あります。コラムではわかりやすい表現の説をとりました。

ところで、数の世界については、大著ですが『虚数の情緒』が感銘深く、面白かったです。


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ゆーいち

そろそろ、2004年ではないかと


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平井

毎回楽しく読んでいます。
今回の単位の件で質問があります。
”分”は0.1、厘は0.01を表すとありますが、野球の打率の表示では、〇割〇分〇厘と
表示されており、”分”は0.01、”厘”は0.001を表しています。
一方で、”9分9厘大丈夫!”という表現はほぼ完全に大丈夫な事を意味していますから、
野球だけ特殊と考えれば良いのでしょうか?
(”分”は”割”を基準にして0.1と考えれば良いのでしょうか?)
昔から疑問に思っていたので、今回を機に是非解決したく、よろしくお願いします!


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池上英雄

 ナノサイズに関する文章を読んで、科学的な話しになるとこの程度か・・・と落胆しました。
 サイズが小さいということは、「だから何ですか?」に
繋がらなければ無意味な内容です。もっと小さいものは幾らでもあるからです。
 ナノサイズは量子効果が現われる巨視的な最小サイズとして意味があるのです。


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秋吉 誠

いつも楽しみに拝見させていただいています。

手元の資料だと、「虚空」と「清浄」は「虚」「空」「清」「浄」に分かれて、10の”20
乗から”23乗までに相当しているようです。


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小橋昭彦

ゆーいちさん、ありがとうございます。修正しました。

平井さんありがとうございます。野球だけが特殊かといわれると、確率的な話では普通に「何割」という言い方をしますので、そうでもないですね。歩合算の単位では新しい呼称が標準になり、一方小さな数の単位ではふだん利用しないので、古来のものが引用されると考えるといいのかもしれません。

池上さん、そうですね、科学だからというのじゃなく、どの分野でも筆力はこの程度です。一番の問題はタイトルと導入かもしれません。実際には数字の話なのにナノの話に思えてしまう。(とはいえナノテクの話は取り上げたいと思いつつザツガク的に消化できず取り上げていないのは事実です)

秋吉さん、はい、その通りです。小さい数の呼称には諸説あります。虚空と清浄説をとった理由は、先に補足したように、わかりやすさを求めてでした。


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小林 征司

あけましておめでとうございます。
いつも、新しい話題を優しく分かりやすく、展開されておられる高いレベルのご見識に感服するばかりです。
本年も幅広い知識、情報の開き方楽しみにしております。
大変なご苦労があると思われますが、よろしくお願いいします。


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赤とんぼ

珍しくい誤りがあります。ナノの件。地球の直径を1万キロメートルとすれば、だと思います。


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小橋昭彦

ええと、地球の直径が1万2756キロ。その10億分の1が、1.2センチ。1メートルの10億分の1が1ナノメートル。なので、表現としてはあってるんです。でも、なんだかややこしいですね。


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生井 俊

小橋さん、あけましておめでとうございます。
昨年10月に生まれてきてくれた長女に「ナノ」と
名付けましたので、興味深く読みました。
親としては、世界から見たら60億人分の1人にすぎないけど、
大きく育って欲しいと夢みています。
今年も家族の皆さま含め、健康でありますように。


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yuda

大数が仏教からきていると何かの本で知り、
垓以上の数字を一所懸命覚えたことがあります。
そのときは、すべて万進(10の4乗)だと
勝手に思っていたのですが、極までが万進で、
次の恒河沙から万万進だと知りました。
ところで、この説明が、
http://village.infoweb.ne.jp/~fxba0016/misc/suumei/suumei.html
では、紛らわしい記述になっています。
表現では、恒河沙は10の52乗だと
思ってしまうかもしれません。
表を開くと、10の56乗ですね。




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Your Comment:

 コップにミルクを注ぐと「ばんばーい」なんて言いながら乾杯をしたがる。1歳と半年あまりの手つきはなんだか危いのに、小さな手の中のミルクは、こぼれそうでこぼれない。親がサポートしようとしたときに限って、こぼしてしまうものだ。 コップを持ち、相手とグラスを合わせ、自分の口元に戻して飲む。これら一連の動作をとどこおりなく行うには、ある種のコツを身につける必要がある。そのコツとはいったい何なのか。動作のはじめから最後まで、細かく所作が決まっているわけではない。かといって、瞬間瞬間を意識して行為をしているかというと、そういうわけでもなさそう。 乾杯のシーンをビデオに撮るとする。相手とグラスを合わせる行為と、飲み干そうとする行為の分かれ目を示せといわれたら、誰でもほぼ同じコマを指摘する。そこで、そのコマの前後を切り出したビデオと、逆にその前後だけを抜いて編集したビデオを作る。両者を見せて、何のシーンかと尋ねたら、正しく答えられるのはどちらだろう。答えは、たとえ短くてもグラスを合わせる前後を切り取った画像の方。人間は行為の切れ目から多くの情報を得ていて、それは分節点と呼ばれる。 人間の行動もまた、分節点の前後で精度が求められ、その間は比較的自由に流されている。東京大学知能情報システム研究室で開発された、寝転んだ状態から脚を振り下ろす反動を利用して起き上がれるロボットは、そんな理論を応用している。コツをつかむのが上手な人とは、分節点を把握するのが上手な人といえるのかもしれない。 懇意にしている漢方の店に、経絡人形が置かれている。体表に網の目のように線がひかれ、ツボが表示されている。年の瀬、それを眺めながら、世の中もそんなものかもしれないと考えていた。一本の流れのように見える出来事も、分節点で連なっている。だとすれば、起き上がれそうにない難問にも、きっとコツが見出せる。新しい年。

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 その物理学論文を読みながら思い出していたのは、ポーの「メールストロムの渦」だった。大渦に巻き込まれた男が、奇跡の生還を果たす。ただ小説の場合と違って、ブラックホールに落ち込むという、論文に描かれた状況はより厳しい。多少なりとも生きながらえるすべはあって、それが論文を書いたゴットらの主題だが、腰の周りに質量1京2800兆トン以上の巨大な輪をまとえばいい。 メールストロムに続いてタイタニックを思い出し、緊急時の脱出機構について調べてみる。戦闘機の脱出装置を作っているマーティン・ベーカー社によれば、これまで7000人を超えるパイロットの命を救ったとか。宇宙船としてのスペースシャトルには備わっていない。コストや重量などとの兼ね合いだ。潜水艦にも同様の問題があり、今は英国で開発されたSEIEという、水面に出てからも体温を保つことができるスーツが人気。 ブラックホールに戻る。ブラックホールでは、足から先に落下したなら、つま先が引き込まれ、肩は押しつぶされる。うどんのようになってしまうわけだ。その時間は0.1秒足らず。痛覚の伝達速度をおおむね秒速10メートルとすれば、「あいた」と感じる余裕はありそうだ。冒頭の救命具は、重力で足と頭を引っぱることにより、この時間を26分の1に短縮するという。痛みを感じる間はなさそうだし、生きながらえる時間が0.09秒増えるから、ほんの少し、人生が長くなる。ただ、国際宇宙ステーションでさえ完成時の重さが450トンというから、救命具を作るのはたいへんそう。胎児のように丸まって肩の線を中心に向けることにも効果があるという。 星の世界を渡って後のコンマ以下の人生に意味があるかはわからない。いや、だからこそ意味があるのか。相対論効果を考えれば、この数瞬は地球から見ている人にとっては永遠に近い時間ともなる。その数瞬を、どう生きるか。救命具以上に重い課題だ。

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