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小脳力

2003年12月25日 【コラム
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 大脳について学んだ記憶はあるのだけれど、小脳については薄れている。そのサイズゆえ学ぶ気持ちが軽くなったかもしれない。運動をつかさどる脳というのが一般的な認識。最新の研究は、それに疑問符を提示する。
 まずは名前からうけるイメージをぬぐおう。サイズこそ大脳に比べて小さいけれど、ひだが細かく表面積はあんがい広い。大脳の平均1900平方センチメートルに対し、1128平方センチメートルもあるのだ。大脳はおおむね新聞の一面ほどと考えればいいから、それを半分に折った面積分が、野球ボール大におさまっているわけだ。
 小脳はどんなときに活性化するのか。ニューロンの電位変化を調べると、ネズミの場合は口、ネコは前足、サルは指を触ったときとわかっている。この違いはなぜ生じるのか。周囲の環境を知るとき、それぞれの動物がどこを用いているかに注目。ネズミは口、ネコは前足、サルは指。小脳はこうした触覚情報を処理し、比較する役割を担っているのではないかというわけだ。
 小脳は、何かの機能を分担しているのではなく、知覚情報を統合するプロセスを支援していると考える。小脳をすべて取り除いた動物が、充分時間をおけばかなりの程度回復するという事実も、こうした見方を裏付ける。小脳に傷を負った患者は、かみそりの写真を見るとき、「鋭い」などの形容詞は簡単に思いつくのに、「剃る」といった動詞を思いつくには時間がかかるという。形容詞がひとつの物質の属性表現である一方、動詞を思いつくには他の物質との関係性の把握が必要になると考えれば、小脳が知覚を統合するという仮説に添って説明できる。
 これからは、ひとつの現象や価値観で分析判断するのではなく、総合的にとらえる「小脳力」が必要かと、そんなことを夢想したクリスマスの日であった。

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“小脳力”
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小橋昭彦



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 ビッグフット、イエティ、雪男。彼らが大型類人猿ギガントピテクスの子孫だとして実在を信じる人もいる。ギガントピテクスはゴリラより2倍から3倍大きな類人猿で、約30万年前まで中国などに生息しいた。仮に生存しているならビッグニュースだけれど、絶滅したとされて後の化石はなく、可能性は低い。ギガントピテクスをはじめ、2200万年前から550万年前にかけて100種以上知られる類人猿だが、多くは絶滅し、今に残るのはわずか。 現在も生息しているのは、大型類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジーと小型類人猿のテナガザルとフクロテナガザル。このうち人にもっとも近いのは、600万年前までにヒトとの共通祖先から分かれたとされるチンパンジーだ。ゴリラは約900万年前に、オランウータンとは約1600万年前に分かれたとされる。小型類人猿を含むホミノイドの共通祖先とされるのは、1900万年前のプロコンスル。 一般的に類人猿はアフリカで誕生し、ヨーロッパやユーラシア大陸へ広がったとされる。しかし大型類人猿の化石は、ユーラシアでしか見つかっていない。そこで人類学のデイビッド・ビガン博士は、現代類人猿はユーラシアで生まれたと唱えている。2000万年以上前にアフリカで最初の類人猿が誕生、300万年あまりして、ユーラシア大陸に移る。その後ユーラシアが海水面の上昇によりアフリカから切り離されている間に、大型類人猿が誕生し多様な進化を遂げる。しかし900万年前から600万年前にかけて、気候変動の影響で多くが絶滅。後にオランウータンになるシバピテクスの系統とゴリラやチンパンジー、ヒトにつながるドリオピテクスの系統が、アフリカと東南アジアに移住して生き残る。 ビガン博士の説に添ってざっとホミノイドの歴史をたどると、多様性と柔軟な適応能力、移住への前向きな姿勢がヒトを生んだのだと実感する。それはもちろん、いまこの瞬間にもあてはまることだろう。

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