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ビッグフット

2003年12月22日 【コラム
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 ビッグフット、イエティ、雪男。彼らが大型類人猿ギガントピテクスの子孫だとして実在を信じる人もいる。ギガントピテクスはゴリラより2倍から3倍大きな類人猿で、約30万年前まで中国などに生息しいた。仮に生存しているならビッグニュースだけれど、絶滅したとされて後の化石はなく、可能性は低い。ギガントピテクスをはじめ、2200万年前から550万年前にかけて100種以上知られる類人猿だが、多くは絶滅し、今に残るのはわずか。
 現在も生息しているのは、大型類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジーと小型類人猿のテナガザルとフクロテナガザル。このうち人にもっとも近いのは、600万年前までにヒトとの共通祖先から分かれたとされるチンパンジーだ。ゴリラは約900万年前に、オランウータンとは約1600万年前に分かれたとされる。小型類人猿を含むホミノイドの共通祖先とされるのは、1900万年前のプロコンスル。
 一般的に類人猿はアフリカで誕生し、ヨーロッパやユーラシア大陸へ広がったとされる。しかし大型類人猿の化石は、ユーラシアでしか見つかっていない。そこで人類学のデイビッド・ビガン博士は、現代類人猿はユーラシアで生まれたと唱えている。2000万年以上前にアフリカで最初の類人猿が誕生、300万年あまりして、ユーラシア大陸に移る。その後ユーラシアが海水面の上昇によりアフリカから切り離されている間に、大型類人猿が誕生し多様な進化を遂げる。しかし900万年前から600万年前にかけて、気候変動の影響で多くが絶滅。後にオランウータンになるシバピテクスの系統とゴリラやチンパンジー、ヒトにつながるドリオピテクスの系統が、アフリカと東南アジアに移住して生き残る。
 ビガン博士の説に添ってざっとホミノイドの歴史をたどると、多様性と柔軟な適応能力、移住への前向きな姿勢がヒトを生んだのだと実感する。それはもちろん、いまこの瞬間にもあてはまることだろう。

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One comment to...
“ビッグフット”
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小橋昭彦

David Begun」博士のサイトから、Scientific American掲載の「Planet of the Apes」がダウンロードできます。今回参考にした論文です。「京都大学霊長類研究所」「進化人類学分科会公開シンポジウム」などもご参考に。人類の進化関連はこれまで何度か取り上げてきました。「しっぽ [2003.08.25] 」「出アフリカ [2003.03.03]」「肌の色 [2003.01.16]」「脳の大きさ [2002.08.08]」「人類の母 [2002.06.17]」などをどうぞ。




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 もうすぐ3ヶ月になる三男にミルクをやる。視線がしっかりしてきて、飲みながらじっとこちらを見上げている。なんて澄んだまなざしだろう。きみの凝視に値するだけの父親だろうかと弱くなる心を励まし、そうだよお父さんだよ、お父さんがミルクをあげてるよ、なんて呼びかけている。 認知心理学の山口真美氏の研究によれば、彼の月齢なら、輪郭だけだった認知が、内側にまでいくようになった頃ということになる。目や鼻が見えてきて、なんだこれはなんて思っているだろうか。表情でいえばまず笑顔を、男女でいえばまず母親を分類するともいう。悔しいので「お父さんだよ」を繰り返しておく。話しかけるとにこっと笑顔を見せる、3ヶ月微笑というやつか、それがいとしくて、また見つめる。 いや、見つめているからいとしくなるのか。認知心理学の下條信輔氏による実験はそんな疑問を投げかける。ふたつの顔を見せ、魅力的だと思う方をボタンを押して回答してもらう実験だ。視線を計測すると、ボタンを押す1秒くらい前から、魅力的と思う方を長く見つめるようになっていた。つまり、そうと意識してボタンを押す前から、視線は答えを知っていたわけ。より丸い方を選ぶといった課題ではこの現象が見られないので、嗜好と視線の関係を示している。 それならと、ふたつの画像を交互に出し、一方を長く見せるようにする。と、その長く出された方を魅力的として選ぶ人が多くなる。まさに、見つめるから好きになっている。好きになるとより見つめる、こうして人は恋心を深めていくのだろうか。 そういえばと反省する。このところ5歳の長男とは、おもちゃや絵本を介したりして、つい並行した視線で会話していなかったか。いや、そもそも日常生活で、ぼくたちはどれほど他者と見つめあっているだろう。怒ったときににらむだけでは動物と変わらない、思いやりとともに、見つめたい。

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 大脳について学んだ記憶はあるのだけれど、小脳については薄れている。そのサイズゆえ学ぶ気持ちが軽くなったかもしれない。運動をつかさどる脳というのが一般的な認識。最新の研究は、それに疑問符を提示する。 まずは名前からうけるイメージをぬぐおう。サイズこそ大脳に比べて小さいけれど、ひだが細かく表面積はあんがい広い。大脳の平均1900平方センチメートルに対し、1128平方センチメートルもあるのだ。大脳はおおむね新聞の一面ほどと考えればいいから、それを半分に折った面積分が、野球ボール大におさまっているわけだ。 小脳はどんなときに活性化するのか。ニューロンの電位変化を調べると、ネズミの場合は口、ネコは前足、サルは指を触ったときとわかっている。この違いはなぜ生じるのか。周囲の環境を知るとき、それぞれの動物がどこを用いているかに注目。ネズミは口、ネコは前足、サルは指。小脳はこうした触覚情報を処理し、比較する役割を担っているのではないかというわけだ。 小脳は、何かの機能を分担しているのではなく、知覚情報を統合するプロセスを支援していると考える。小脳をすべて取り除いた動物が、充分時間をおけばかなりの程度回復するという事実も、こうした見方を裏付ける。小脳に傷を負った患者は、かみそりの写真を見るとき、「鋭い」などの形容詞は簡単に思いつくのに、「剃る」といった動詞を思いつくには時間がかかるという。形容詞がひとつの物質の属性表現である一方、動詞を思いつくには他の物質との関係性の把握が必要になると考えれば、小脳が知覚を統合するという仮説に添って説明できる。 これからは、ひとつの現象や価値観で分析判断するのではなく、総合的にとらえる「小脳力」が必要かと、そんなことを夢想したクリスマスの日であった。

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