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ちょっと知的な雑学&トリビア

見つめる

2003年12月18日 【コラム
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 もうすぐ3ヶ月になる三男にミルクをやる。視線がしっかりしてきて、飲みながらじっとこちらを見上げている。なんて澄んだまなざしだろう。きみの凝視に値するだけの父親だろうかと弱くなる心を励まし、そうだよお父さんだよ、お父さんがミルクをあげてるよ、なんて呼びかけている。
 認知心理学の山口真美氏の研究によれば、彼の月齢なら、輪郭だけだった認知が、内側にまでいくようになった頃ということになる。目や鼻が見えてきて、なんだこれはなんて思っているだろうか。表情でいえばまず笑顔を、男女でいえばまず母親を分類するともいう。悔しいので「お父さんだよ」を繰り返しておく。話しかけるとにこっと笑顔を見せる、3ヶ月微笑というやつか、それがいとしくて、また見つめる。
 いや、見つめているからいとしくなるのか。認知心理学の下條信輔氏による実験はそんな疑問を投げかける。ふたつの顔を見せ、魅力的だと思う方をボタンを押して回答してもらう実験だ。視線を計測すると、ボタンを押す1秒くらい前から、魅力的と思う方を長く見つめるようになっていた。つまり、そうと意識してボタンを押す前から、視線は答えを知っていたわけ。より丸い方を選ぶといった課題ではこの現象が見られないので、嗜好と視線の関係を示している。
 それならと、ふたつの画像を交互に出し、一方を長く見せるようにする。と、その長く出された方を魅力的として選ぶ人が多くなる。まさに、見つめるから好きになっている。好きになるとより見つめる、こうして人は恋心を深めていくのだろうか。
 そういえばと反省する。このところ5歳の長男とは、おもちゃや絵本を介したりして、つい並行した視線で会話していなかったか。いや、そもそも日常生活で、ぼくたちはどれほど他者と見つめあっているだろう。怒ったときににらむだけでは動物と変わらない、思いやりとともに、見つめたい。

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11 comments to...
“見つめる”
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小橋昭彦

山口真美氏にはその名も『赤ちゃんは顔をよむ』という書籍があります。「NetScience Interview Mail」でのインタビューが充実していて参考になります。「下條信輔」氏のサイトで、「The length of the gaze affects human preferences new study shows」として研究結果が報告されています。下條氏の書籍では『サブリミナル・マインド』がお薦め。


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木内 実

毎回楽しく拝見しています
 子供が小さいときに可愛い可愛いで接していましたが 4ヶ月の乳児の発達の様子が分かったような感じがします
このことを知っていたらもう少し違った接し方をしていたかもしれません


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toyo

>そういえばと反省する。このところ5歳の長男とは、おも
>ちゃや絵本を介したりして、つい並行した視線で会話して
>いなかったか。怒ったときににらむだけでは動物と変わら
>ない、思いやりとともに、見つめたい。
この文面に自分自身もドキッとしました、うちの5歳の長男にも最近怒ってにらむ事の方が多くなっている気がします。今日は早く帰って5歳の長男をギューと抱きしめたいと思います。


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Somchai

今回の「見つめる」を読んで、ちょっと不純なのですが、そういえば女性を口説くときもじっと見つめているとかなり効果的に口説けたり出来ますよね。
今後の戦等に参考になりました。(笑)


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MAX

Somchai さんの書き込みにあまりに受けてしまったので(笑)、書き込みします。

目をそらされると何だか不安になりますよね、
でも見つめつづけられるのも居心地悪かったりしません?
「この人、本当は何が言いたいんだろう、何を期待してるんだろう??」って。

どっちにせよ、コミュニケーションは双方がどう受け取るかが鍵ですよね。
人と触れ合う機会が減り、人の目を見て話す機会が減っているこの世の中、
目を見て話せる相手が何人いるかが、
案外、自分の本当の味方の数だったりするのかもしれません。


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かな

子供が2人います。
そういえば・・・怒ってばかりです。おもいっきりにらみつけて・・・子供をもう少しやさしく見つめ抱きしめる、その大切さを、再認識させられました。


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fair

下條信輔氏の実験は先々週のサンデー・日経(サイエンス面)に載っていて興味深く読みました。ところで、人間の脳は他人の視線のちょっとした向きの変化もとても敏感に察知できるそうで、だから「目は口ほどに物を言う」のでしょうね。でも、男同士がじっと見詰め合ってたら「ガンを付けた!」ってなるのは…?


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fair

ところで、昨日の読売新聞の「雑学ブーム」という記事の中で小橋さんのコメントが出ていましたね。


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Purest

来年9歳になる次女が4ヶ月のときのことを思い出しました。抱っこしてあやしますと、時折笑顔を見せてくれます。ところが、当時一週間ほど出張で会わなかったところ、彼女にとって私は「全くの忘却のかなた」。抱っこすると泣くのです。ショックでした。
「関係修復」までどのくらいかかったかの記憶は定かでありませんが、いまではすっかり仲良ししています。あのころがとても懐かしいです。


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thanks

以前から楽しく拝見させていただいてましたが、初めて投稿します。
子育てにおける「見つめる」と「にらむ」という行為は前者は加点法、後者は減点法といったところですかね。
先日「鏡は先に笑いません」という本を読んだのですが、この本にはたくさん褒めることについてのいろいろな話が載ってました。
人に対して「見つめる」「褒める」という接し方はすごくお互いが幸せになりそうですね。


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山名純吾

見つめなくてはならぬ時と、見つめすぎていけない時、視線については日ごろややこしく感じてしまいます。民族や男女、日ごろのエチケットとしても人それぞれに違いがあるように思います。ただ愛しいものに対する時だけは別。見つめていたい・・・ですよね。子供への視線から他者への思いやりにいたるまで、心の潤む今回のコラムです。




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 子どもが生まれる前は、和服をよく着たものだった。方形の布からできているから、たたんで箱に入れてしまうことができる。洋服は身体に合わせて作られているから、ハンガーにかけることになる。この平面と立体の違いが、古着としての一生にも影響するかと、そんなことを思う。継ぎをあてるとき、和服なら四角い布をそのまま縫えばいいが、洋服だとそれではしわやたるみを作ってしまう。 水村美苗の『本格小説』を読んでいて、お下がりの和服を選り分けるシーンに出会った。これは柄が外着にはもう向かない、寝巻きにするといったやりとり。和服はこうして第二の人生を送ることになる。また和服はいわば一枚の布なのだから、再生もしやすい。江戸時代の古着屋では「百品梱包保呂」が売られていたというけれど、これはボロ布をまとめたものだろう。祖母の裁縫箱にあった古布の数々を思い出す。それが継ぎにもなりお手玉にもなった。宝の山だった。 洋服の場合はどうか。傷んでさえいなければ、フリーマーケットに出す人もいる。回収されたものは、海外へ多く輸出されている。海外で喜ばれるのは下着だとか。ブラジャーのように複雑なものは、しっかりした工場がないと作れない。もっとも、下着は古着に出さず切り刻んで捨てることが多いから、なかなかまとまって出ないようだけれど。 朝岡康ニ氏の著書『古着』に、印象的な調査がレポートされていた。ある半纏(はんてん)の継ぎはぎをひとつひとつ調べたときのこと。すでにどれがもとの布でどれが継ぎかもわからないほどになったそれらをひとつひとつ見ていくと、縫い方の変化から、継ぎをあてた人が変わったことがわかったという。妻ができたか、娘が成長したか。一枚の半纏が縦糸となって、時代を重ね、人生を重ねながら継ぎがあてられていく。そういえば、小津映画など昔は家庭風景の典型だった針仕事の光景を、見かけることが少なくなった。

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 ビッグフット、イエティ、雪男。彼らが大型類人猿ギガントピテクスの子孫だとして実在を信じる人もいる。ギガントピテクスはゴリラより2倍から3倍大きな類人猿で、約30万年前まで中国などに生息しいた。仮に生存しているならビッグニュースだけれど、絶滅したとされて後の化石はなく、可能性は低い。ギガントピテクスをはじめ、2200万年前から550万年前にかけて100種以上知られる類人猿だが、多くは絶滅し、今に残るのはわずか。 現在も生息しているのは、大型類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジーと小型類人猿のテナガザルとフクロテナガザル。このうち人にもっとも近いのは、600万年前までにヒトとの共通祖先から分かれたとされるチンパンジーだ。ゴリラは約900万年前に、オランウータンとは約1600万年前に分かれたとされる。小型類人猿を含むホミノイドの共通祖先とされるのは、1900万年前のプロコンスル。 一般的に類人猿はアフリカで誕生し、ヨーロッパやユーラシア大陸へ広がったとされる。しかし大型類人猿の化石は、ユーラシアでしか見つかっていない。そこで人類学のデイビッド・ビガン博士は、現代類人猿はユーラシアで生まれたと唱えている。2000万年以上前にアフリカで最初の類人猿が誕生、300万年あまりして、ユーラシア大陸に移る。その後ユーラシアが海水面の上昇によりアフリカから切り離されている間に、大型類人猿が誕生し多様な進化を遂げる。しかし900万年前から600万年前にかけて、気候変動の影響で多くが絶滅。後にオランウータンになるシバピテクスの系統とゴリラやチンパンジー、ヒトにつながるドリオピテクスの系統が、アフリカと東南アジアに移住して生き残る。 ビガン博士の説に添ってざっとホミノイドの歴史をたどると、多様性と柔軟な適応能力、移住への前向きな姿勢がヒトを生んだのだと実感する。それはもちろん、いまこの瞬間にもあてはまることだろう。

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