ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

自由度

2003年12月08日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 運動器。骨や間接、筋肉や神経といった身体を動かす組織、器官のこと。WHOが協力して世界各国で研究を進める、運動器の10年という取り組みが行われている。腰痛やスポーツ障害、骨粗しょう症など、運動器に関わる障害は多い。これらを解明し、生活の質を高めていく。
 思い出したのは、人型のロボットの解説で出会った「自由度」という言葉だった。ひとつの関節で、前後に動かすことができれば1自由度。上下にも動けば2自由度。回転や伸縮なども自由度に加える。人間の腕は、肩に3つ、ひじに1つ、手首に3つ、合計7つの自由度を持っている。ところが理論上は、運動関節軸が位置と姿勢を決めるためには、全部で6つの自由度があればいいという。人間は1つ余分な自由度を持っているわけで、これが行動の柔軟性を生んでいる。
 人型ロボットを研究する早稲田大学ヒューマノイド研究所の高西敦夫博士らが1996年に開発した人型モデルは、片足3自由度、体幹3自由度、片腕7自由度、片手3自由度、首2自由度、そして片目2自由度の合計35自由度からなっている。人間の場合はというと、片手だけで5本の指それぞれに3つの曲げと1つの旋回、合計20自由度。
 加えて、たとえば表情を考えると、皮膚や筋肉の弾力性といったことも考えに入れなくてはならない。弾力性のある物質を制御する理論や技術はまだ確立していない。人の身体の、なんという自由さ。逆に言えば、ロボットと違って冗長性を多く持っていることが、人間らしさにつながっているわけでもある。
 今後、人型ロボットの研究を通じて運動器の仕組みに新しい視点がもたらされることもあるだろう。障害を受けた運動器をサポートする小さなロボットが生まれることもあるだろう。ぼくたちは自らの自由度を、どれほど活用しているか。ロボットという外部を探求することで、ぼくたちは自らを知ろうとしている。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

One comment to...
“自由度”
Avatar
小橋昭彦

運動器については「『運動器の10年』日本委員会」をご参照ください。人型ロボットについては「早稲田大学ヒューマノイド研究所」、「高西研究室」などを。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 地元の集落を紹介する『中山の歩き方』という小冊子を作るため、地域内をぶらぶら歩いた。山すそや池の裏手に各家のお墓が残っている。昔は共同墓地だけではなかったんだ。 東京の青山霊園のようないわゆる共同墓地は、パリやロンドンにならって明治以降に整備されたものだけれど、日本各地の集落に残る共同墓地は、おおむね12世紀後半以降に形成されたものだという。集落が協力して死者を弔うという風習も、その頃から生まれる。それ以前はどうしていたのか。 弥生時代の甕に入った遺体やその後の古墳などの知識から、古くから埋葬の習慣があったのだろうと思っていたものだから、勝田至氏の『死者たちの中世』を読んで、驚いた。書籍の帯に「<死骸都市>平安京」とあるように、当時、死骸が道端に捨てられ、あるいは河原で風葬されている風景が日常にあったという。 近所で葬式を出す習慣もないから、たとえばこんな話が残っている。夜になって長旅から帰ってきた主人が、眠っている妻の布団に入って休む。起きてみると、妻は死んでいる。驚いて隣人に尋ねると、何日も前に死んだが、家族がいないのでそのままにしていたと。身内でないと手が出せない、しかも死体とともにいると穢れるという思想がある。貧乏な家のものは死が間近になると家を出て村はずれの木の下に身を横たえて死を待ったりする。村人は「よく気のつく旦那さんだ」などと誉めるが、死んだ後に死体を処理した様子はない。木の下でそのままあったか。 平安時代、京都中心部の貴族の家にもしばしば犬や鳥が死体の腕や脚を加えてきて、邸宅に穢れを持ち込んだという記述が残る。赤子の死体は埋葬しないのが普通で、空き地に置いたとも。命がおろそかにされていたのだろうか。いや。ここまで書いて、ようやく芥川の「羅生門」を思い出した。死骸の中でつかみ合う下人と老婆は、むしろ生への執着に満ちている。

前の記事

 あれは何の映画だったろう。ディナーテーブルの中央に猿が出され、脳をスプーンですくって食べる。そんなシーンがあったのだが。カニならともかくと思ったのは、共食い的な行為を嫌ったからだろう。もっともかにみそは肝臓だと後になって知ったわけだが。 食人、カニバリズムの習俗については、長く議論されてきた。食人を伝える航海記に、売らんがための怪しい記述が多かったせいもある。カニバリズムの語源になったカリブ族の食人はコロンブスが報告したもの。異民族との出会いには、食人のうわさがつきものだった。もっとも、ヨーロッパ人から食人者と見なされた現地の人々もまた、白人が食人のためにやってくると信じたりしたし、奴隷をとるのは食べるためともみた。 新たな研究では、プリオン病から守ってくれる遺伝子を多くの人が持っているのが、食人の結果として適応進化したためではないかと指摘されている。パプア・ニューギニアのフォレ族には、葬儀の宴で死んだ近親者を食べる習俗があったというが、そのため、致死性の脳の病気が流行した。その結果、防御遺伝子を持つものが生き残ってきたと。 ほ乳類で共食いをするものにはライオンやクロコダイルなどが知られている。2003年に入って、マダガスカルで見つかった恐竜の化石から共食いの跡が見つかって話題を呼んだ。ただ、殺しあって食べたのか、死肉をあさったのかは定かでない。厳しい自然環境が背景にあったらしい。 フェリペ・フェルナンデス=アルメストの『食べる人類誌』に、こんな引用がある。食べておいしいとされたのはフランス人、次は「嬉しいことに」イギリス人。「オランダ人はさえない味で胃にもたれるし、スペイン人は筋が多くて、煮込んだところで食べられたものではなかった」。暗く屈折して、しかしユーモアを感じないでもない。食人にまつわる複雑な感情をうかがわせる。

次の記事