ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

2003年12月01日 【コラム

 ピュリツァー賞作家チャールズ・シミックの新刊『コーネルの箱』が出ると知って、思いは子ども時代の七つ道具箱にかえる。ジョゼフ・コーネル、アメリカの芸術家。箱の中にコルクや古写真や月面図などをつめて作品を作った。彼の作品に懐かしい思いを抱く人も多いのではないだろうか。
 それでふと、思いが箱にとどまったのだった。箱とは何かを入れるためのもので、筆を入れれば筆箱に、お金を貯めれば貯金箱に、娘を入れれば箱入り娘になる。最後のは冗談だが、江戸時代「箱入りの」とつくと、容器入りという単純な意味ではなく、たいせつにしているものを意味した。浦島太郎が開けてしまう玉手箱は、女性が教養や美容関連のものを収納して座右においていた手箱の美称というが、「玉」は魂に通じる。かつての日本人は、箱を貴重で神秘的なものと考えていたのだ。
 コーネルの箱から現代芸術つながりでもう一人作家をあげるなら、ミニマル・アートの代表的作家とも言われるドナルド・ジャッドの箱がある。絵画表現を理性的でないと批判した彼は、箱の形に現代の象徴を見出す。壁面に金属の箱を等間隔に取り付けた彼の代表作を目にした方もいるだろう。現代都市も彼にかかれば箱の連なり。林立する高層ビル群を単純化するなら、たしかに箱かもしれない。
 百科事典によれば、ハコという言葉は、朝鮮語のpakoniと同源であり、ハコが大陸から伝えられたことを示しているという。ハコが空のまま海を渡ってきたとも思えない。日本にはじめてやってきた箱には何が入っていただろう。そう想像して、思いは再び七つ道具箱にかえる。友人にも自慢したその箱に何が入っていたか、今では思い出せない。仮にいま空箱を与えられて、ぼくはそこに七つの秘密道具を詰められるのだろうか。そう問うとき、あらためて、なるほど箱につめるのはただ物だけではないと、再確認するのである。


6 comments to...
“箱”
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小橋昭彦

チャールズ・シミック」による『コーネルの箱』が今回のコラムのきっかけ。コーネルの作品集は、「WebMuseum」で見ることができます。また、ドナルド・ジャッドについては、「The Chinati Foundation」が彼の作品を管理している財団。また、日本語では「「箱に封じこめられた生」ドナルド・ジャッド」の解説が詳しいです。


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soso

箱と言えば、、。

思い出したのがこの本です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4890361383/qid=1070247510/sr=1-3/ref=sr_1_2_3/249-1986903-6265168

 箱に入ってるのは自分自身かも!?


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hikobosi

はじめまして、私なら、パンドラの筺は実はパンドラの壺であったという話を入れます。あしからず。


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方向オンチ

因みに我が家の猫は箱に入るのが好きです。
自分が箱に入った男は阿部公房の箱男0
でも気になるのはノアの箱舟です。
やがていつか「地上の全ての動物の遺伝子」を積んだ箱舟が宇宙を漂流するかもね


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なべ

小橋昭彦様

いつも有益に読ませて頂いております。
私は、3ヶ国(日、英、韓国)をほぼ同じくらいのレベルで駆使できる人間ですが、箱というのは朝鮮語のpakoniと同源であるとは知りませんでした。 私の持っている、小学館の百科事典にも確かに、そのように書いてありました。
一つ利口になりました。 ありがとうございました。
しかし、今のpakoni (本当はpakuni)と箱はだいぶ距離があるのも確かです。

なべ


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小橋昭彦

なべさん、ありがとうございます。

ちなみに、箱とpakuniはどのように違うのでしょうか? ぼく自身はpakuniの意味を知らないので、興味があるんです。もしよろしければ、簡単にでもご教授いただければ嬉しいです。




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 旗はなぜはためくのだろう。風が乱れているせいではない。そよ風を考えるなら、それは規則正しい「層流」であり「乱流」ではない。それでも、旗は流れに沿ってまっすぐにならない。次元を落として、石鹸の層の流れの中に一次元の紐をはためかせた実験では、よく知られた渦のでき方と違い、糸が右に動くときには時計回りの渦、左に動くときはその逆の渦が続いてできることがわかっている。何気ない現象のように見えて、物理学的にはけっこう難問のようだ。 よく知られた渦と書いたけれど、たとえば風に鳴る電線のような例がそれ。電線に風が当たると、その後ろに空気の渦ができる。この渦は電線の両端にかわるがわるでき、回転方向もそれぞれ別の方向になる。それに振られて電線は音を出す。橋の上から橋脚の下流側を見ても、同じような渦を見ることがある。あるいはもっとスケールの大きな例では、冬の寒気が吹き出す頃、済州島の風下に見られる渦の列。こうした渦を、研究者の名前をとってカルマン渦列という。 ちなみに、魚が進むときにも渦はできる。身体の中心線を後ろに伸ばした左右に、上から進む方向を見て、右手は反時計回り、左手は時計回りの渦。後ろ向きの流れだけじゃないのだ。 幼稚園に通う長男が風呂場で渦を作る楽しさに目覚めたようで、みてみて、といいながら手を沈める。「なんでできるんやろ」尋ねられて、答えるのは難問。なんでだろうね、言いつつ、指を一本水面に立てて、すーっと動かす。その後ろに小さな渦が交互に並んでいく、それはカルマン渦列。ここから気象衛星の済州島画像につなげて説明できると楽しいのだけれど、まだ適した語り口を見つけられていない。風呂上りに湯を抜きつつ、コリオリの力が排水口に作る渦を見せたりもして、そうか、思えばこれも地球の自転によるものかと気づく。身の回りには渦がいっぱいあって、それぞれが大きな世界につながっている。

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 地元の集落を紹介する『中山の歩き方』という小冊子を作るため、地域内をぶらぶら歩いた。山すそや池の裏手に各家のお墓が残っている。昔は共同墓地だけではなかったんだ。 東京の青山霊園のようないわゆる共同墓地は、パリやロンドンにならって明治以降に整備されたものだけれど、日本各地の集落に残る共同墓地は、おおむね12世紀後半以降に形成されたものだという。集落が協力して死者を弔うという風習も、その頃から生まれる。それ以前はどうしていたのか。 弥生時代の甕に入った遺体やその後の古墳などの知識から、古くから埋葬の習慣があったのだろうと思っていたものだから、勝田至氏の『死者たちの中世』を読んで、驚いた。書籍の帯に「<死骸都市>平安京」とあるように、当時、死骸が道端に捨てられ、あるいは河原で風葬されている風景が日常にあったという。 近所で葬式を出す習慣もないから、たとえばこんな話が残っている。夜になって長旅から帰ってきた主人が、眠っている妻の布団に入って休む。起きてみると、妻は死んでいる。驚いて隣人に尋ねると、何日も前に死んだが、家族がいないのでそのままにしていたと。身内でないと手が出せない、しかも死体とともにいると穢れるという思想がある。貧乏な家のものは死が間近になると家を出て村はずれの木の下に身を横たえて死を待ったりする。村人は「よく気のつく旦那さんだ」などと誉めるが、死んだ後に死体を処理した様子はない。木の下でそのままあったか。 平安時代、京都中心部の貴族の家にもしばしば犬や鳥が死体の腕や脚を加えてきて、邸宅に穢れを持ち込んだという記述が残る。赤子の死体は埋葬しないのが普通で、空き地に置いたとも。命がおろそかにされていたのだろうか。いや。ここまで書いて、ようやく芥川の「羅生門」を思い出した。死骸の中でつかみ合う下人と老婆は、むしろ生への執着に満ちている。

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