ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

2003年11月27日 【コラム
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 旗はなぜはためくのだろう。風が乱れているせいではない。そよ風を考えるなら、それは規則正しい「層流」であり「乱流」ではない。それでも、旗は流れに沿ってまっすぐにならない。次元を落として、石鹸の層の流れの中に一次元の紐をはためかせた実験では、よく知られた渦のでき方と違い、糸が右に動くときには時計回りの渦、左に動くときはその逆の渦が続いてできることがわかっている。何気ない現象のように見えて、物理学的にはけっこう難問のようだ。
 よく知られた渦と書いたけれど、たとえば風に鳴る電線のような例がそれ。電線に風が当たると、その後ろに空気の渦ができる。この渦は電線の両端にかわるがわるでき、回転方向もそれぞれ別の方向になる。それに振られて電線は音を出す。橋の上から橋脚の下流側を見ても、同じような渦を見ることがある。あるいはもっとスケールの大きな例では、冬の寒気が吹き出す頃、済州島の風下に見られる渦の列。こうした渦を、研究者の名前をとってカルマン渦列という。
 ちなみに、魚が進むときにも渦はできる。身体の中心線を後ろに伸ばした左右に、上から進む方向を見て、右手は反時計回り、左手は時計回りの渦。後ろ向きの流れだけじゃないのだ。
 幼稚園に通う長男が風呂場で渦を作る楽しさに目覚めたようで、みてみて、といいながら手を沈める。「なんでできるんやろ」尋ねられて、答えるのは難問。なんでだろうね、言いつつ、指を一本水面に立てて、すーっと動かす。その後ろに小さな渦が交互に並んでいく、それはカルマン渦列。ここから気象衛星の済州島画像につなげて説明できると楽しいのだけれど、まだ適した語り口を見つけられていない。風呂上りに湯を抜きつつ、コリオリの力が排水口に作る渦を見せたりもして、そうか、思えばこれも地球の自転によるものかと気づく。身の回りには渦がいっぱいあって、それぞれが大きな世界につながっている。

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4 comments to...
“渦”
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小橋昭彦

カルマン渦列については「カルマンの渦列」が初歩的でわかりやすい説明。「カルマンの渦列と流体の相似則」にあるように、以前のコラム「無次元数」で紹介したレイノルズ数と関係しています。済州島のカルマン渦列は、「済州島の風下にできるカルマン渦列」がわかりやすいかな。コラム中で述べた二次元下での一次元「旗」の実験は、「Flexible filaments in a flowing soap film as a model for one-dimensional flags in a two-dimensional wind(Nature 408 835 – 839 (2000))」です。あと参考までにコリオリの力は「水のうず巻のナゾ?」などで。


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山名純吾

日常に様々な考えるヒントがあるのだと、いつも関心半分、自分の頭の弱さに諦め半分拝見しています。ところで以前、オーストラリアに行った知人が風呂場の渦巻きが日本と逆だったと言うのを聞いてびっくりしたことを思い出しました。自転とか引力にまでは考え及びませんでしたが、地球の不思議に素直に感動を覚えたものです。


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大島

うろ覚えですが「コリオリの力」はある程度、マクロな状態でないと(例えば台風とか海流)発生しなかったのでは

アメリカの大学で競泳用プールを使って実験したという話を読んだことがありますが、おそらく風呂場でごらんになったのは「別な要因による渦巻き」であって、「コリオリの渦巻き」では無い様な気がします。
(もちろんコリオリの力は働きますが、とても微弱です。)

間違っていたらすみません。


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赤道上では風呂の渦巻きはどっち巻きになるんですかね?




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 らくしょ、と読む。詩歌の形で時事や人物を諷した落首(らくしゅ)に由来している。門や塀に貼ったり道に落として世間の注目を狙う。平安時代には落とし文(おとしぶみ)が貴族の間で行われたが、これは恋する相手への言葉、典雅な印象だ。現代の相合傘の落書きにそれに通じるものは探せるだろうか。 そんなことが気になったのは、寛永9(1632)年にカンボジアのアンコールワットに参拝し落書きを残した日本人のことを知ったからだった。肥前・松浦藩士の森本右近太夫。「父母の菩提のため」「数千里の海上を渡り」などと記されている。彼は何のために落書きを残したのか。400年を隔てて子孫が読むことを思ったわけではあるまい。平家物語の祇園精舎と信じて訪れたアンコールワット寺院に、自らの小さな足跡を残したい、ただそれだけの思いだったか。 一方の落書(らくしょ)は、同時代への鋭利な切り口が勝負だ。今も傑作として残る「このごろ都にはやる物 夜討強盗謀綸旨(にせりんじ)」で知られる1334年の京都・二条河原落書などが代表作。はじまりは平安時代とされ、嵯峨天皇時代には「無悪善(さがなくばよかりなまし)」なんて落書が広まった。ペリー来航をうたった「泰平のねむりをさますじょうきせん たった四はいでよるも寝られず」は教科書でもおなじみ。 学生時代に見かけた光景を思い出す。住宅街を駅に向かっていた昼下がり、四十前後とおぼしきひとりの女性が、白墨でアスファルトに円を書き連ねていたのだった。童謡を口ずさんでいる。子どもがいるのかと見回したが、いない。何かいけないものを見た気がして、ぼくは道を急いだ。彼女は何を求めて落書きしていたのだろう。何に対して、表現していたのだろう。電車に揺られる間、ずっとそんな疑問が心から離れなかった。その疑問は今もぼくを、落書きや落書そのものではなく、それが書かれた瞬間へ、さらにその背景へと時間をさかのぼらせる。

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 ピュリツァー賞作家チャールズ・シミックの新刊『コーネルの箱』が出ると知って、思いは子ども時代の七つ道具箱にかえる。ジョゼフ・コーネル、アメリカの芸術家。箱の中にコルクや古写真や月面図などをつめて作品を作った。彼の作品に懐かしい思いを抱く人も多いのではないだろうか。 それでふと、思いが箱にとどまったのだった。箱とは何かを入れるためのもので、筆を入れれば筆箱に、お金を貯めれば貯金箱に、娘を入れれば箱入り娘になる。最後のは冗談だが、江戸時代「箱入りの」とつくと、容器入りという単純な意味ではなく、たいせつにしているものを意味した。浦島太郎が開けてしまう玉手箱は、女性が教養や美容関連のものを収納して座右においていた手箱の美称というが、「玉」は魂に通じる。かつての日本人は、箱を貴重で神秘的なものと考えていたのだ。 コーネルの箱から現代芸術つながりでもう一人作家をあげるなら、ミニマル・アートの代表的作家とも言われるドナルド・ジャッドの箱がある。絵画表現を理性的でないと批判した彼は、箱の形に現代の象徴を見出す。壁面に金属の箱を等間隔に取り付けた彼の代表作を目にした方もいるだろう。現代都市も彼にかかれば箱の連なり。林立する高層ビル群を単純化するなら、たしかに箱かもしれない。 百科事典によれば、ハコという言葉は、朝鮮語のpakoniと同源であり、ハコが大陸から伝えられたことを示しているという。ハコが空のまま海を渡ってきたとも思えない。日本にはじめてやってきた箱には何が入っていただろう。そう想像して、思いは再び七つ道具箱にかえる。友人にも自慢したその箱に何が入っていたか、今では思い出せない。仮にいま空箱を与えられて、ぼくはそこに七つの秘密道具を詰められるのだろうか。そう問うとき、あらためて、なるほど箱につめるのはただ物だけではないと、再確認するのである。

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