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ちょっと知的な雑学&トリビア

北京の蝶

2003年11月13日 【コラム
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 コンピュータの高速化が寄与する分野のひとつにシミュレーションの精度向上がある。たとえば地球大気の様子をシミュレートするためには、地上を網目状に区切って、それぞれの箇所の値の変動を予測する。このとき、網目が小さいほど精度があがるわけだが、そのためには膨大な計算量が必要になる。スーパーコンピュータが活躍する場面だ。
 もっとも、いくらデータ量を増やしても、長期の予測は難しい。気象学者のローレンツが1963年に発表した考え方で、俗にバタフライ効果と呼ばれるものがある。北京で蝶が羽ばたけば、ニューヨークで嵐が起きるという表現で知られている。ただこの表現は、北京の蝶を知ればニューヨークの天候がわかるといった因果論的な勘違いを生みそうだ。そうではなく、ほんのささいな差が結果の大きな違いを生むから、いくら細かく初期値を知ろうとしても、予測精度はあがらないというわけだ。どれほどのスーパーコンピュータでも、北京の蝶の羽までは知ることができない。
 ローレンツの論文は発表誌が気象専門誌だったこともあって当初は注目を集めなかった。しかし、70年代のカオス理論の興隆とともに、カオスを探っていた先例として掘り起こされた。ローレンツのモデルを図示すると、蝶のような姿になる。いま、初期値をほんの少しだけ変えて入力、シミュレートすると、値の変化が描く線ははじめは重なっている。左の羽を描いたかと思うと気まぐれのように右の羽を描く。やがてふたつの線は離れ、一方は右半分で羽を描いているし一方は左半分で描く、というようにまったく違う結果につながる。カオスとは、そういう世界。
 北京の蝶に、人は何を思うだろう。けっきょく未来を知ることはできないとむなしく感じたり、あるいは逆に、われわれ小さな存在でも、世の中に対して何らかの影響を及ぼせるのだと勇気付けられたり。とまれ、その思い、羽ばたきそのものは、ぼくたちの意志のうちにある。

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3 comments to...
“北京の蝶”
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小橋昭彦

カオス(1):蝶は今どこを飛ぶか(ver.1.0)」がたいへんわかりやすくお薦めです。また、「北京で蝶が羽を動かしたらニューヨークで嵐が起きた」「カオス」もどうぞ。


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杉岡一男

小橋様

最近、雑学.COMの配信をお願い、毎号愛読しております。本日の「北京の蝶」は私が従事しているロジスティクスの分野での需要予測に良く使われる「鞭の効果」と全く同じ理論に驚きました。
どちらが先か判りませんが? 勉強になりました。
これからも宜しく。


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中野 勲

小橋様
いつも有難うございます。蝶のはねですが、初期値の変化が結果の変化をもたらすことのほかに、運動の途中の、外部要因などによる確率的なランダム変動も予測がつかなくて、そのために予測不可能が良く生ずるでしょうね。

今後とも、よろしくお願いします。
中野 勲




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 折り紙をしよう。まずは一回目の折り方。再現性がない適当な折り方を禁じれば、残るは二通りしかない。対向する角を合わせて三角形に折るか、向かい合う辺を重ねて長方形に折るかだ。しかし、いったん長方形を折って開けば、中央に一本線が入り、辺の中点がわかる。これを利用すれば、折り方のバリエーションは四通りに増える。 そのひとつを試してみよう。中点のついた辺を上にして、中点から右下の角に線を引く形で、谷折りする。右上の角を内側に折り込む形だ。このとき、上辺の右半分は内側にくるが、あいまいな位置にあるように見えて、そうではない。これをまっすぐのばせば、左側の辺にいきあたる。この交点は、左側の辺の下から三分の一のところにあたるのだ。普通に導こうとすればややこしそうな三分の一の点が、これだけのことで見出せる。 紙を折ることは、さまざまな幾何学的可能性を生んでいることに他ならない。オリガミクスとも呼ばれる、折り紙を通した数学が生まれるゆえんだ。折り紙は、人工衛星の太陽電池パネルの閉じ方や車のエアバックのしまい方など、さまざまな応用を生むのにも役立っている。コンピュータ折り紙という新分野を生んだ数学者エリック・ディメインは、研究を進めるなかで、折り紙に一回ハサミを入れるだけで、三角形からニューヨークの摩天楼まで、どんな形でも作れることを発見した。 折り紙が数学に新しい可能性を開いたのは、折れ線の展開という過程に注目したからだ。だからたまには、自分が日々どんな折れ線をつけながら生きてきたかと振り返る。絵本部屋では1歳半の次男が、長男が残した折り紙を不思議そうに手にして、なにやら折りたそう。けっきょくくしゃくしゃにして紙を無駄にすることになるんだけど、とりあげるのはしばらく待っていよう。いつか彼の手もとで、太陽系の外へ出て行く人工衛星が生まれるかもしれないから。

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 ぼーる。ちょちょ。くんま。次男が、絵本を指差しながら片言をしゃべる年齢になった。わからないものが出てくると、「こーは」と尋ねる、「ぶどう」と答えると、力強く「ぶど”」と言ってけらけら笑う、描かれた形と言葉を一致させるだけで充分な遊びになっている。それまで曖昧模糊とした何かが、その瞬間に「ぶどう」に結晶しているのだろう。 彼の視点で今、言葉をはぎとって形だけで世界を見ると、不思議が広がる。目の前にある数十の突起を持つ角ばったものは何であるか。(キーボードだ。)道の上でくねるにょろにょろは何であるか。(ミミズだ。)この突起の多いふにゃふにゃと生暖かいものは何か。(ヒトだ。)言葉をはぎとってなお、言葉でしか表現できないのがもどかしい。 形で世の中を見ると、ときに新鮮な発見がある。「形の科学会」のウェブサイトには「なぜ形なのか」という解説があり、ウェーグナーが南北アメリカとアフリカの海岸線の形に着目したのがプレートテクニクスに発展したこと、プラトンの正多面体に代表される立体幾何学によって宇宙モデルを作ろうとしたケプラーが、惑星軌道の法則を発見したことなどが紹介されている。 金平糖の形成を研究した寺田寅彦は「重要だが今は歯が立たない」という主旨の報告をしているが、その見立ては現在にも通用する。金平糖形の尿路結石の原因を探ったり、ナノテクで金平糖に似た汚れ分解繊維を作ったり、金平糖の形は今もさまざまな分野で注目され活かされている。しかし、成長のもとになる最初の凸がなぜできるのかはわかっていない。 道のにょろにょろも、このふにゃふにゃも、同じように命を宿している。どちらも、口から排泄口まで続く管とみれば同じ形ということか。もっともそれが生命の本質でもあるまい。いくら形に分解しても、生の息吹はまた別のところにある。そこがまた不思議なところでもある。

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