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ちょっと知的な雑学&トリビア

ゾウの鼻

2003年5月22日 【コラム
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 ヒトはゾウと似ている。ゾウの鼻が長い理由を調べていて、国立科学博物館の解説でそんな表現に出会った。ゾウを後ろから見て、ジーンズを履いたお相撲さんを連想したこともあったっけ。むべなるかな、移動に直接関係しない腕まで支えるヒトの腰から下の構造は、相対的に大型動物と同じなのだとか。
 何かを食べるという行為においてもそうだ。ゾウは鼻で地面から食物をとりあげる。それを口で砕き、飲み込んでお腹で消化する。ヒトもまた手で食べ物を口まで運び、顔で砕き、お腹で消化する。子どもがゾウを真似して手を顔の前でぶらぶらさせるのは、正鵠を射たジェスチャーであったわけだ。
 これをたとえばウマと比べればことはより明確になる。ウマは地面に顔が届くから、顔で食物をとり、その顔で砕き、それからお腹で消化する。食物をとるところと砕くところが近接しており、ヒトやゾウとは違う。ゾウは巨大化して頭が重くなり、首を長くしては支えきれなかった。ウマと同じようには食物をとり上げられなかったのだ。
 同じ大型動物でも、首長竜の場合は事情が違う。あれは頭を小さくすることで重量を減らし、首を長くした。頭を小さくするために、歯やあごといった食物を砕く機能はお腹に持って、顔はただ食物をとるためだけとした。砕く機能と消化機能が近接しているから、ヒトやゾウとは違っている。
 ゾウの鼻が長いのは、水生の頃にシュノーケルとして伸びた、という説もある。しかし、あの鼻が実際には上唇も一緒になっていることを思うと、食物を地面からとりあげるためにという説がもっともらしい。ゾウの進化史は4000万年以上昔にたどれる。チャドで発見された最古の人類ともみられる700万年前の化石も、ゾウの化石と一緒に見つかり、年代推定の参考にされた。人類がようやく地上に現れたその頃、ゾウはすでに長い歴史を積み重ね、鼻も長くなっていたのである。

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4 comments to...
“ゾウの鼻”
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小橋昭彦

科学博物館の「大顔展」がおもしろいです。


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みはら

「いぬの鼻」
うちの犬がまだ生きていた頃、
山菜取りに連れていくと、
笹薮だろうが何だろうが猛烈な
勢いで走り回っていました。
犬にとって鼻はいちばん大事な
器官だろうに、障害物に最初に
ぶつかるのは鼻なわけで、
見ていて妙に感心したものです。
痛くないのか?
僕らなら手を前に出して払いながら
歩くわけで、(象もそうですかね?
小橋先生)顔が前についている彼ら
ってすごいと思いました。


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みき

いつも楽しく読ませていただいています。多分、ここでの「首長竜」というのはブラキオサウルスなどの竜脚類を指しておられると思うんですが正確には彼らのことは首長竜とは呼びません。首長竜というのは中生代の海に生息していたプリオサウルスやプレシオサウルスなどの広弓類の事を指します。竜脚類はカミナリ竜と呼びます。


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rnakaji

いつも楽しく読ませていただいています。
先日、後肢で立って歩行できる象の映像を見ました。
後ろ姿が太った人間にそっくりだったのに驚きました。考えれば、象の後肢は体を支えることを移動するよりも優先しているため屈曲が無く人間のそれと酷似してますね。人間が2足歩行するのは象や犀が体を支えるのと同じぐらい大変なんでしょうね。




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 1日に1000人。いま全米で心臓停止に見舞われる人数。生存できるのはそのうち3%未満とか。心臓は20分停止していても蘇生する可能性があるけれど、脳は血流が止まると5分前後でダメージを受け始める。脳の損傷を遅らせることができれば救命率もあがる。 米国の国立衛生研究所で研究が進められているアイス・スラリーという製品がある。冷却材スラリーを肺に注入、胸部を圧迫する。送り出された冷えた血液が脳の温度を下げ、脳細胞の壊死を遅らせる。このとき、体温は2度から6度まで下がるとか。患者が病院に搬送される頃には、ねばっとした液体だったスラリーは無害な塩水になっているので、吸引で肺から出すことができる。 血液そのものを媒介として冷やすアプローチになるほどと思いつつ、トナカイを思い出していた。胴体は毛皮に覆われているのに、脚は寒そう。あらためて考えると不思議だけれど、トナカイが氷の上にも立つことを思うと、よくできていると気付く。脚まで温かかったら、体温で氷が溶けてその場に凍りついてしまう。脚は冷えていた方がいい。ただし冷えた血液が胴体に回って体温を下げてはいけない。だからトナカイでは、胴体と脚の間にある動脈と静脈がすぐそばを通るようになっている。足からの冷えた血液は、そこで動脈を通る胴体からの温かい血液で温められた上で、胴体に返る。動脈と静脈で熱を交換し、熱損失が少ないようにしているわけだ。 手のひらを太陽にかかげて熱い血潮を見る歌があったっけ。保育園の頃に習い、お日さまに小さな手をかざして、ほんとうだって驚いた思い出がある。調べてみると「手のひらを太陽に」は、アンパンマンで子どもたちに人気のやなせたかし氏の作詞なのだった。手のひらの血潮から、みみずやおけらやあめんぼにまでいのちをみるやさしさ。そういえば、いのちの実感を伴う血潮という言葉を、ずっと使っていなかった。

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 100キロの道の始点に重さ5トンのゾウを立たせる。終点には0.000001グラムのホソバネヤドリコバチ。その間に地上の動物種を大きさの順に並べる。「生命の道」と名づけたこの印象的なたとえに、クリス・レイヴァーズの『ゾウの耳はなぜ大きい?』で出会った。最大の陸生動物ゾウから、二番目に大きなシロサイに会うまでの50キロメートル、道には何もいない。60キロのところでカバ、75キロでクロサイとキリン、90キロでラクダ、それからウマが登場。道程の大半は、こうして会う動物もまばら。大混雑するのは最後の60メートルで、何千種というげっ歯類、鳥類、ヘビ、カエル、コウモリなどなどがひしめく。 レイヴァーズは生命の道を「代謝エンジン」という視点で歩いていく。温血動物にヘビのように長いものがいないのは、球形に近くして体重に対する表面積を少なくするためと説明する。表面積が大きいと、体内で発生させた代謝熱を逃がしてしまう。逆に熱帯に住むゾウは、毛をなくしたり耳を大きくして表面積を広げ、熱を逃がす工夫をしている。 代謝熱を運ぶ血液は心臓が送り出す。ワニは平べったいから35から75ミリメートル水銀柱の力で全身に送れるのに対し、ヒトの場合100から150mmHgないと頭に血が回らない。キリンはなおさらで、300mmHgという圧力が必要になる。ただこれだけの力で肺に血を送ると肺表面の毛細血管が破裂する。ヒトの場合、心臓の右側の部屋から低い圧力で肺に送り、肺で酸素と二酸化炭素を交換した後、心臓の左側に戻る。左側は右の部屋より厚い壁でできていて、高い圧力で全身に送れる。 ちなみに、生命の道においてヒトが立つのは、残り1キロの標識が見えかける頃。動物園でゾウやカバを見て親近感を覚えているぼくたちだけれど、生命の道においては、彼らからはるか隔たり、ネズミやカエルにずっと近い。

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