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科学的な捜査

2003年1月13日 【コラム
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 犯罪心理学が注目されたと思ったら、こんどは科学捜査らしい。法医学捜査の最前線を描いた『科学が死体に語らせる』に目を通せば、プロファイリングへの皮肉めいた一文もあり、なんだかおかしかった。
 ぼく自身が立ち会った15年前の記憶をたどるなら、捜査官は確かアルミニウムの粉をつけて指紋を検出していた。今では化学反応を利用した蛍光検出が主力という。そういえばカレーに毒物を入れた事件で、最先端の分析装置が用いられて話題になったっけ。DNA分析をはじめとして、捜査現場における科学はこの15年で格段の進歩を遂げている。
 先端技術を用いた科学だけではない。米国ではここ10年ほどで、法医昆虫学が定着してきたという。死体にたかるウジなどの成長度合いから、死後推定日数を割り出す。マディソン・リー・ゴフによる『死体につく虫が犯人を告げる』に詳しいが、基礎データを集めるために、ヒトの腐敗分解過程に似た動物を利用して実地試験も行われている。その動物というのが、体重およそ23キログラムのブタ。人とて死ねば豚と同じかと、感慨を抱かないでもない。
 もちろん、ブタを用いるばかりではない。コーンウェルの作品の題名にもなっているのでご存知の方も多いだろう、テネシー州には死体農場という場所がある。鉄条網に囲まれたなかには、献体された数十体の死体がさまざまな状況で置かれている。管理しているのは、テネシー大学のウィリアム・バス教授。自然の中に死体が転がる光景を想像すると、人間なんてしょせん、の思いを強くせずにはいられない。
 もっともそれはなげやりな「しょせん」ではない。しょせん自然に還る身なら、今を生きることをおそれず、勇気を持って挑もうという、前向きの「しょせん」。検死を語る人が共通して、生きることの尊さを感じると述べていたのが印象的だった。

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6 comments to...
“科学的な捜査”
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小橋昭彦

文中で紹介した書籍は、『科学が死体に語らせる』と『死体につく虫が犯人を告げる』です。日本ではかつて上野正彦さんの諸著作、たとえば『死体は語る』などが話題になりました。なお、検死を扱ったシリーズで人気のコーンウェル、文中で触れているのは『死体農場』です。テレビ番組「CSI:科学特捜班」も人気のようですね。「日本法医学会」もご参考に。


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嵯峨野 嵐山

人間の死体と豚が似ているとの記述に、あることを思い出した。 確か、化粧品の実験には人間の肌と似ている豚が使われるとのこと。 豚と言われると嫌がる女性のために豚が貢献していることに、ある種の感銘を受けた。 


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小橋昭彦

嵯峨野 嵐山さん、ありがとうございます。なるほど、肌も。おもしろいですね。


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岡村良雄

献体をした場合、腐敗過程のテストに使われるのはいやなので、利用制限をすることができるのでしょうか?
教えてください。


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ミケ

「死体農場」は、TVのCBSドキュメントで見ました。記者が農場に入って、バス教授にインタビューしてました。確かに実物でやった方が正確なデータを得られるんでしょうけど、そこまで割り切れるアメリカ人て、すごいと思います。


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小橋昭彦

岡村さん、献体する場合、献体先が指定できますので、献体先での利用方法を検討することが可能であるようです。「日本篤志献体協会」なんてのもありますので、ご参考に。




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 帰省途中に寄ったハイウェイ・オアシス。4歳の長男の注文は「カレーライス」。ウィンドウの食品サンプルを見て悩むこともない。そういえば食品サンプルで選ぶのは、日本生まれの風習という。これは笑い話だが、米国のレストランで食品サンプルを置いたところ、ウィンドウを見て、よくできているわりに安いなどと来客が品定めしている。サンプルそのものを販売していると勘違いしたわけだ。 模型にほんものの味を想像する文化は、盆栽に大自然を見、石庭に宇宙を見る日本人ならではか。研究家の野瀬泰申氏によると、食品サンプルには3つのルーツが考えられるという。これを事業化し、現在に続くグループ企業に育てたのが岩崎龍三で、昭和7年のこと。その時点で彼がヒントにした模型があったのだが、それはおそらく、大正6年に料理模型を製作していたと記録に残る西尾惣次郎によるものと推測されている。ふだん彼が作っていたのは、島津製作所から発注された理科教育用模型など。ノーベル賞を生んだ企業は、食品サンプルの源流でもあった。 食品サンプルの隆盛は、百貨店食堂の登場と重なる。多量の注文をさばくため、先にオーダーを決めてもらう必要があった。東京の白木屋に食品サンプルを納入して、関東でのルーツになったのが須藤勉だ。 初期の食品サンプルはひとつの型から大量に作った。ラーメンといえば全国どこでも同じラーメン。その後ご当地料理が広がり、それぞれに工夫をこらした少量生産に変わる。そしてふたたび大量に同一のものを作る時代に。外食チェーンの興隆だ。 ちなみに米国人が気にしたサンプルの価格だが、汚れたら取り替えるため、貸付方式が一般的という。岩崎氏が決めた価格が、月額にして本物の料理の10倍。毎日本物を作って飾るより20食分安くなるという論理だ。なかなかよく考えられた理屈で、さすがにひとつの事業を起こした人は視点が鋭いと感慨にふけったことだった。

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 その昔、ヒトは全身に毛をまとっていた。二足歩行をするようになって行動半径が広がったヒトは、脳が加熱するのを防ぐため、皮膚を覆う体毛を減らして体を冷やした。ところが皮膚を露出すると、紫外線が直接あたり皮膚ガンが誘発される。そこでUVカット機能を持つメラニン色素を蓄え、紫外線を防ぐようになった。ヒトの肌色が黒くなったのはこれが理由と、これまで考えられてきた。 しかし皮膚ガンになるのは生殖年齢を過ぎてからが多い。それが進化の淘汰圧になるのかという疑問が残る。そこでカリフォルニア科学アカデミーのジャブロンスキー博士らが提唱したのが、体内の葉酸塩を紫外線による破壊から防ぐためという仮説。葉酸は細胞の分化に関わる、妊娠や胎児の発達に不可欠の栄養素だ。赤道近くの厳しい紫外線の中で暮らした初期の人類は、肌色を濃くすることで子育てを有利にはこんだ。 その後ヒトは赤道近辺から離れ、北方へ進出する。そうなると、濃い肌色のままでは紫外線をカットしすぎる。紫外線には悪影響が多いが、皮膚内でビタミンDの合成を誘発する有益なはたらきがある。ビタミンDは腸からのカルシウム吸収を促すので、母体と胎児の骨に必要。そこでヨーロッパ人などは、メラニン色素を減らし白い肌になった。 ちなみに、一般に男性より女性の肌の方が白いのは、男性が色白の女性を好んできたというのも原因のひとつかもしれないが、妊娠・授乳中に多くのカルシウムを必要とするため、ビタミンDを男性より多く合成させる必要があったからでは、ともいわれている。 お気づきのように、アフリカから発生した人類は、もともとみんな黒い肌をしていた。それが地域ごとの太陽光に合わせて適度な色合いに「脱色」した結果が、白や黄色といった皮膚の色。それをふまえると、現時点の肌色で人を差別するなんて、自らの歴史を否定するようで、ひどくむなしい。

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