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ちょっと知的な雑学&トリビア

自然の中の数

2002年4月15日 【コラム
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 誕生時3070グラムだった子どもが、生後3週間あまりではや4100グラムになっている。日々数百CCのミルクを飲んで、計算するとその1割くらいが体重としてついていることになる。
 それで思い出したのが、英国にある動物学研究所のクリス・カルボーン博士らの研究だった。90キログラムの肉食哺乳類が生きていくためには、1万キログラムの獲物が生息していなくてはならないというのだ。体重140グラムのイタチの一種から310キロのホッキョクグマまで、どんな種でもおおむねこの法則があてはまるのだという。
 10年ほど前にベストセラーになった東京工業大学の本川達雄教授の『ゾウの時間 ネズミの時間』にも、同種の問題が取り上げられていた。一匹の捕食動物につき約一〇〇匹の獲物が生息していなくてはならないとあり、捕食動物は自分の10分の1のサイズの獲物を狙うとあった。とすると、肉食獣1キロにつき獲物1000キロ。今回の結果とは1桁違うが、10年のあいだに研究が積み重ねられているということだろう。
 実際、生物の大きさと生物学上の法則については、さまざまな研究が進められている。カルボーン博士の研究をとりあげたネイチャー誌のコラムでは、米アリゾナ大学のブライアン・アンキスト教授による植物の研究も紹介されている。米サイエンス誌でその論文を参照すると、被子植物かどうかを問わず、さまざまな植物で、葉や茎、根などの重量比が一定であるという。地上に見える組織の重量が増えれば、地下にある組織の重量も比例して増える。
 自分はどれほどの人々に支えられているのか。どれほどの根をはっているのか。そんな問いかけをする。本川教授の著書には、どんな哺乳類も一生にうつ心拍は20億回、体重1キロあたりの消費エネルギーは15億ジュール、あるいは車輪のある動物がいない理由などユニークな話題が多い。数の神秘主義にくみするつもりはないけど、自然への入口として、数は楽しい。そう、こんど四葉のクローバー探しを子どもとしよう。

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3 comments to...
“自然の中の数”
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小橋昭彦

まず「111法則」をどうぞ。で、肉食動物の比率については「Institute of Zoology Research」のChris Carbone教授に関する記事か、「Science 295 2273」をご参照ください。また、植物については、「Brian Enquist」博士による「Science 295 1517」をどうぞ。「本川達雄」教授の著書『ゾウの時間 ネズミの時間』はぜひご一読を。関連して「『生物の時間』を見つめ直し、自分の時間の主人公になろう」「『時間』のサイエンス」をご一読ください。


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小橋昭彦

訂正します。「とすると、肉食獣1キロにつき獲物1000キロ。」とありますが、「とすると、肉食獣1キロにつき獲物10キロ。」が正解です。カルボーン博士結果が1キロにつき111キロですから、一桁違うというのはその通りではあります。

なお、ここでは獲物が「生息している」数をとりあげており、それだけの獲物を食べなくてはいけないということではありませんので、念のため。


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ビートルズ

なるへそ?!!勉強になりました!!サンキュー♪




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 胎児の超音波画像は、成長していると実感できて、親にとってありがたいものだ。ところがこれが胎児にとって大騒音だと、米メイヨー・クリニックの研究者が指摘している。人間の耳には聞こえないけれど、羊水を通じて胎児の耳を震わせる。100デシベルという地下鉄並みの騒音に匹敵するのだとか。もっとも、伝わる範囲はごく狭いから、ちょっと身をよじれば逃れられる。画像を見ているとき胎児が動くのは、案外「うるさいなあ」って逃げているのかもしれない。 胎児と音といえば、母親のおなかに口を寄せ話しかけることもよくした。胎児がけり返してくる、聞こえているかどうか、偶然かもしれないけれど、その反応が嬉しくて、胎児と通じあった気持ちになる。そんなとき、人のコミュニケーションは言葉だけじゃない、さまざまな手段で情報を交換するのだと実感する。 大人同士でも、言葉だけを交わすより、うなづいたり、身振りで反応したりした方が、会話がスムーズに流れる。「リズム同調」と呼ばれる現象だ。会話だけでなく、気の合う仲間と歩いていると歩調が自然に揃うように、リズム同調が見られる場面は多い。うなづいたりの反応を返す癒しロボットや、歩行音を利用した高齢者の歩行介助など応用も進んでいる。 この春から子どもが保育園に通うことになった。送り迎えの道は、つくしをとったり、花を摘んだり、歩調は自然とゆっくりに。朝送るときにつぼみだった道端のたんぽぽが、帰るときには咲いていて、それが翌朝はまた小さくなっている。開いたり閉じたりを繰り返し、そうしてある朝、白い綿毛が黄色い花びらを押し上げようとし始めていることにふと気づく。 たんぽぽがそんなふうに日々を送っているなんて、恥ずかしながらこの年になるまで知らなかった。きっとこれまで、大地や草花とは違うリズムで生きてしまっていたんだろう。地球にとってはさぞ騒音だったろうな。そんなことを思って、大切なことを教えてくれた小さな手を、ぎゅっと握り返す。今朝の、できごと。

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 1日にすれば、という考え方をときどきする。ぼくたちの遠い祖先が日本にやってきて縄文時代が始まった約1万2000年前を午前零時とし、現在を1日の終わりとする。1万年弱続いた縄文時代は、午後7時半までを占める。弥生時代が午後8時半まで、9時半になって平安時代が始まり、明治維新がようやくいまから10分あまり前。 同じ方式で生命の歴史をあてはめると、生命誕生の午前零時から始まって、午前9時ごろ、光合成を行う生命が生まれる。生命が多様性を探ったカンブリア紀が午後9時から始まり、そこから進化はめざましくなる。恐竜が存在したのは午後10時半からの1時間くらい。ほんの30分前に恐竜は絶滅、人類の誕生はわずか1分前のこと。 社史発行を手がける出版文化社によると、このところ社史を刊行する企業が相次いでいるという。戦後に創業した企業がちょうど50周年を迎え、50年史をつくる時期となっているのだ。 経団連で社史の研究に取り組んでいる村橋勝子さんによると、日本企業に本格的な社史が誕生したのは1900年代に入ってからで、これまで1万3000点あまりが刊行されてきたのだとか。ピークは1980年代で、明治期に創業した企業の100周年、昭和初期創業企業の50周年が重なり、戦後企業は30周年となった時期。内容は多岐にわたるとはいえ、やはり明治の起業家や、戦後の焼け跡から会社を興したエピソードには感じさせるものがあるという。 1日にすれば年表をたどるとき、驚かされるのは黎明期の長さだ。縄文時代の長さ、あるいはカンブリア紀の生命の大爆発に至るまでの長さ。ほんとうの意味でぼくたちに身近な姿が現れるのは、もう日も沈んだ午後9時以降なのだから。会社だって、創業時の志なしには生まれなかった。夜遊びばかりじゃなく、はじまりのころのことを、ときには振り返ってみる。

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