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ちょっと知的な雑学&トリビア

隣人チンプのこと

2002年2月27日 【コラム
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 そう、チンパンジーはヒトの隣人である。共通祖先からゴリラが、チンパンジーが、そしてボノボが分岐していったのは、およそ1000万年前から500万年前にかけてのこと。チンパンジーとヒトの遺伝的相違が小さいことは知られていたが、ヒトとチンパンジーの比較ゲノム地図を作成した理化学研究所・ゲノム科学総合研究センターの榊佳之ディレクターらによれば、その差は約1.23%と、予想よりさらに小さい見込みという。
 チンパンジーより、少し多く道具が使えて、たくさんの言葉を知っているぼくたち。でも、言語中枢ですら、ずっと古くから進化の歴史を歩んできた。エモリー大学の研究者らが発表したところによると、言語能力にとって重要な役割を持つブロードマンの脳地図でいう44野の非対称性が、ヒトでも、チンパンジーでも、ボノボでもゴリラでもあるという。右より左の半球の44野の方が大きいのだ。チンパンジーらは結果として言葉こそしゃべれないものの、ぼくたちと同じ可能性を秘めていたということか。
 同じ狭鼻猿類とはいえ、ニホンザルは、ヒトやチンパンジーらが含まれるヒト上科と違うオナガザル上科に属している。ヒトから少し遠い彼らでさえ、知的作業をするときは、ヒトと同じような脳の部位が活性化しているともいう。サルとヒトの、類似を知ることの楽しさ。
 田舎に移り住んで、夜はよく空を見上げる。冬は一等星が多く、澄んだ空があざやか。天頂から少し西に傾いてふたご座、月明かりに淡くなった天頂のかに座に、東からしし座が追う。子どもの頃、星座線をたどりつつ、知的生命はいるかと空想したものだった。人類は宇宙でひとりぼっちなのかと。
 今なら、あの日の自分に教えることができる。この地上に、ぼくたちにとても近い隣人がいることを。

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4 comments to...
“隣人チンプのこと”
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小橋昭彦

まずは「ヒトゲノム解析センター」「Human Genome Research Group」が基本でしょうか。榊佳之ディレクターによる「智の遺伝子探索計画(GEMINIプロジェクト)について」もご参照ください。で、宮下保司教授の「宮下研究室」をご覧いただき、「Emory大学」の研究グループの論文は、Nature 414 505「Asymmetric Broca” s area in great apes」でどうぞ。それでもって、チンパンジーに関しては、やはり「京都大学人類進化論研究室」が定番で、「日本霊長類学会」をおさえ、「中村美知夫のページ」をのぞき、「日本モンキーセンター」を経由して、「京都大学霊長類研究所」を訪ね、「日本人類学会」に行きって感じでいかがでしょうか。


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Nashi

人とお猿さん、こんなに近い生き物なのに、人は随分特殊な道を
選んできたんだなーと思います。
反省すべき点も多くあり。
でも、人としての歴史を歩んできたからこその素晴らしい歴史の数々
や心の財産を大切にしたいと思います。


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平田真知子

ゴリラの映像を見ると、なぜかとても感動します。
私が人間よりゴリラやオランウータンに惹かれる理由
がわかったような気がします。
でも、本当はボノボに生まれたかった。


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野崎 宏

どうも宇宙生命体にわけのわからぬロマンを感じてしまうけれど、チンバンジーという隣人もいるんですね。
先日、友人のネコに会ったとき、こいつは仲良くできそうだなって思ったら、普段は見慣れる人にはけして寄って行かないと飼い主がいう、そのマイラという名のネコは、頭からすり寄ってきた。身近で付き合うネコもイヌも、やっぱりいとおしい隣人です。




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 神田雑学大学の得猪外明(とくいそとあき)理事が、各国でニワトリの鳴き声をどう表現するか調べた結果を新聞に紹介している。コケコッコーと思っていた鶏の鳴き声が英語ではcock a doodle dooと教えられて驚いた経験は多くの人が持っているのではないか。 ニュージーランドのマオリ族ではkokekkoと日本語に近い。フランス語はcoquericoで、ドイツ語はkikeriki。韓国ではkockyo kuukuu kookooだそうだが、タイではake-e-ake-ake。アルメニア語はtsoogh ruooghooとなって、アフリカのハウザ族はzakara yai kuuka。 擬声語や擬態語をどう表現するかはまさに文化の違い。ウシのような鳴き声なら、英語でmoo、中国語でもmu muと比較的近く聞こえるようだが、ニワトリは極端だ。ロバとイヌとネコ、ニワトリからなるグリム童話の「ブレーメンの音楽隊」も、国によって違う音楽を奏でているだろうと考えるのは楽しい。 鳴き声の表現は言語だけじゃなく時代によっても違う。ホトトギスの名は、もともとその鳴き声をもとにつけられたものだけれど、江戸時代ごろから、「本尊かけたか」などと聞かれるようになり、後期には「天辺かけたか」と表現されるようになる。最近では「特許許可局」なんて表現も知られている。 野鳥を観察するときには「聞きなし」ということも行われていて、ウグイスの「法、法華経」は有名。ほかにもホオジロの「一筆啓上仕り候」、フクロウの「五郎助奉公、ボロ着て奉公」、メジロの「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」なども知られている。センダイムシクイの「焼酎一杯グイー」、ツバメの「土食って虫食ってしぶーい」なんて愛嬌がある。動物たちと会話しようとした先人の知恵といえようか。 そういえば長男が3歳になった頃、朝の寝床でニワトリの声を聞いて、「どうして、りょったろークンって呼んでるの」と言った。耳を澄ますと、コッケコーコゥのリズムは、確かに彼の名を呼んでいるように聞こえるのだった。あれから1年。彼は今でも鳥と会話できるだろうか。

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 海外旅行の必携品と言われながら意外と忘れがちなのが、耳かき。海外では見つけるのが大変だそうで、どうやら耳あかの違いが背景にあるらしい。つまり、日本人の耳あかは乾燥したタイプが多いけれど、欧米では湿ったタイプの人がほとんど。だから耳掃除は綿棒でやるのが普通で、耳かきを使うことがないのだと。 さて、日本人はいつ頃から耳かきを利用していたのか。平凡社の大百科事典をひも解くと、古墳時代の装身具に耳かきの形をしたかんざしのようなものが見つかっているが、それが耳かきかどうかは定かでないとある。直接のルーツは、かんざしの先に耳かきをつけて特色を出したのがはじまりで、17世紀後半に高橋宗恒という人が発案したという。 東京・巣鴨のとげぬき地蔵境内で手製の耳かきを販売している馬木健一さんによると、耳のかき方にもフォームがあるそうで、たいていの人はなっていない。中指で耳かきの背を押さえ、親指と人差し指をあわせた3本の指で構える。かき出すときは、薬指をそっとほほにあてて。これが正統派。 ふと、チンパンジーの背中かきも文化的行動なのだという研究を思い出す。京大の西田利貞教授らが観察してわかったもので、チンパンジーには手で仲間の背中をかく「ソーシャル・スクラッチ」と呼ばれる行動があるのだけれど、これが地域によってかき方が違うのだ。ウガンダ・ゴゴでは指をそろえてつつくように動かす。タンザニア・マハレでは手の指を曲げて相手の背中を大きくかく。 観光地に行けば、ボンテンの代わりにその土地なりの飾りをつけた耳かきが土産物屋の店先に並んでいるのを目にすることができる。わずか1グラムそこそこの棒にほどこされた工夫。幼い日、祖母のひざで甘えた記憶とともに、それぞれの地域の、小さな文化のことを思う。

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