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ちょっと知的な雑学&トリビア

くいだおれ人形

2001年12月16日 【コラム
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 京の着だおれ、大阪の食いだおれとよく言われ、大阪・道頓堀に来た観光客は、紅白の衣装を着て太鼓をたたく「くいだおれ人形」と一緒に記念写真を撮る。すっかり大阪の顔。関西国際空港開港時には、パスポートを取得して海外旅行に出かけもした。パスポート用につけられた名前が「太郎」。
 記念撮影をしている人のなかで、「くいだおれ」は人形が背にした店の名だということに気づいている人がどれだけいるだろう。日本一の食堂になるため、大阪を代表する店名にしたいと考えてつけられた。人形は、文楽の本場、道頓堀の伝統をいかしたものをと試行錯誤のうえ完成したという。
 くいだおれ人形と向かい合うようにして、動くカニ看板も異彩をはなつ。こちらもCMで電車に乗って温泉に出かけたりしていた。大阪の看板はいそがしい。川ぞいのグリコの看板も有名。最近になってその隣にメールマガジン配信会社の看板が登場したりもしている。
 道頓堀にこうした派手な看板が目立つのは、一帯がかつて多くの芝居小屋がたち、飲食店が並ぶ、いわば日本最古の興行街であったことと無関係ではない。国際日本文化研究センターの井上章一助教授は、すたれた演芸文化が看板に形を残していると指摘している。
 京都ではこの時期、南座にまねきが掲げられ、恒例の顔見世興行。大阪の看板と違ってしっとりと古都になじむ。世界で同じ看板を掲げるファーストフード店でさえ、京都でだけは色を変えている。
 師走。くいだおれ人形の前を、ちょっと顔を赤らめた人たちが行きかう。一方の吉例顔見世、今年の演目は、昼に宮島のだんまり、夜は良弁杉由来など。まねきの下をはなやいだ顔の人たちがくぐる。それぞれの地で、それぞれの年の瀬が過ぎていく。

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4 comments to...
“くいだおれ人形”
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小橋昭彦

くいだおれ人形については、本家の「FAQ」をご参照ください。「関西おもしろ文化考」「なにわ研究塾」も参考になります。


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konet

京都では大手ファーストフード店の看板の色が他と違うそうですが、栃木県、那須高原のコンビニエンスストアやファミリーレストランの看板も、原色は使われず周りの自然にマッチした、落ち着いた色が使われています。

セブンイレブンもファミリーマートも那須高原では茶色いんです。珍しくて面白いですよ。

僕、大阪には行ったことがないんです。田舎者の僕なんかは、看板のまぶしさに目まいがしてしまうかも。

今度、くいだおれてみようかしら。


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小橋昭彦

道頓堀川に映るネオンの光、という光景は幻想的だなあといつも思います。この時期、あちらこちらのイルミネーションがきれいですが、道頓堀は年中やっているようなものかも。


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いろは

 何時も面白く拝見させていただきありがとうございます。
 さて、食いだおれ人形の考案者は、淡路人形浄瑠璃の人形師、「由良亀」こと藤代亀太郎だと、淡路人形浄瑠璃の発祥地では言い伝えられていますが詳しくは分かりません。
 もし、食いだおれ人形の歴史等について調査をされていることが有れば教えてください。

 また、文楽についても淡路人形浄瑠璃から発展したと言うことも・・・・、念のため申し添えます。




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 仕事後のビールはうまい。ストレスがたまると苦みに対して鈍感になるそうで、それが苦いビールでも仕事後ならおいしく感じられる理由のひとつ。 苦いといえばコーヒーなどのカフェインも代表格。植物が苦い物質を生産しているのは、動物などの外敵に食べられないため。本来なら苦いから食べないとなるところを、苦みをたのしみつつ口にするわけだから、人間とは不思議なものだ。 塩味、甘み、酸味、苦みとうまみという5つの基本味の中では、ほかに酸味も本来は避けるべき味。食べものが腐敗していることを示す信号だからだ。大腸菌でさえ、酸っぱい物質からは逃げるという。それをもまた人間はたのしむ。 魚のなかには、もとの姿を知るとよく口にする気になったと思うものも少なくないが、基本味についても、人間はこれまでどんよくに「おいしい」と感じる幅を広げてきたようだ。味を数値化する味覚センサを開発している九州大学の都甲潔教授によれば、甘みに関しても、進化した生物ほどさまざまな種類を甘いと感じるようになるという。ミツバチは砂糖などの糖類は摂取するものの人口甘味料はとらない。バクテリアなどの単細胞生物になると、砂糖なども摂取しなくなる。 言葉遊びにはなるけれど、人類は舌を鍛えたおかげで、人生のあじわいもわかるようになったのかと想像したり。舌の鍛錬といえば、都甲教授が味覚の不思議を伝える食べものを紹介している。きゅうりにはちみつ、プリンにしょうゆ。どんな味になるか。正解は前者がメロン、後者はウニ。 さっそく台所に立ってためしてみる。結果? まあみなさんもやってください。ともあれ、昼下がりのキッチンの片隅で、人生は本質を見誤らないように賞味しなければと思ったことだった。

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 散歩の足をのばして立ち寄った公園に、サーカス団が来ていたのだった。おおきなテントの支柱ごとに立てられた団旗が、北風にパタパタと音を立てている。入り口に立って看板を見ると、公演はちょうどその日からはじまっていて、2カ月間の予定。その前は姫路、つぎは名古屋。各地をこうして移動テントで回っているわけだ。年間観客動員数は120万人、世界でも有数のサーカス団なのだとか。 とはいえ、日本のサーカス事情はけっして明るいものではない。一時は三十数団体にのぼったサーカス団も、現在では片手ほどもない。振りかえれば、日本にはじめて近代サーカスが紹介されたのは1864年、アメリカからやってきたサーカス一座だった。軽業や曲馬などといった従来の日本の見世物をしのぐ迫力で大評判。これがきっかけで、日本でも曲芸一座がまとまりはじめ、近代サーカスの礎となる。 おもしろいことに、日本ではじめてパスポートを取得したのは、サーカス芸人だ。隅田川浪五郎という37歳の男で、1866年のこと。「帝国日本芸人一座」のメンバーとして欧米を巡回、ときの米国大統領、アンドリュー・ジョンソンにも謁見したという。幕末、海を渡って世界にはばたいたサーカス芸人たち。彼らの心理はおしはかるほかないが、あの時代、自分たちの技を信じて世界に飛び出した勇気に力づけられる。 夕暮れがせまり、公園を後にする。背にしたテントの中から、楽団の音楽が風にのってきれぎれに聴こえた。こんど子どもを連れて観に来よう。そう思った。

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