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ちょっと知的な雑学&トリビア

いけばな

2001年11月26日 【コラム
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 秋も深まった一日、京都六角堂に遊ぶ。裏手の池に白鳥が泳いでいて、子どもが飽きず眺めている。そばの案内板を読んでいると、そこはいけばな発祥の地、つまり池坊。代々寺の経営管理にあたっていたのが池坊だったのだ。名前は池のかたわらに住んでいたことに由来している。
 いけばなは、立てた枝を神とみる依代(よりしろ)など古代からの習慣に、仏教伝来とともに供花(くげ)が伝わって始まったとされる。着物姿で座敷に座る様子を連想するが、初期のいけばなはそんなものじゃない。のこぎりで枝を切ったり、背丈ほどの木を扱ったり。巨大な盆栽とでも表現しようか、そんなものを床(とこ)に飾っていた。立花(たてはな)とよばれたもの。
 こうした取り組みを最初に理論化したのが『池坊専応口伝』で、これが池坊の歴史がいけばなの歴史に重なるとされるゆえんでもある。「野山水辺おのづからなる姿を居上にあらはし」、つまり表面上の美しさを求めるのではなく、自然にある宇宙観をひきだすものと。
 いけばなはその後茶の湯のなげいれなどを経て徐々に庶民に親しみやすい形となっていき、江戸時代になって現在につながる「生花(せいか)」が広まる。明治維新で一時衰退したが、その後復興、戦後はさまざまな流派が登場、池坊や小原、草月などよく知られたもののほかに現在全国で2000ほどの流派があるともいう。花にいろいろあるように、花の美しさを引き出す流儀にもさまざまあるわけだ。
「おかあさん、あっちだよう」
 子どもが白鳥に声をかけている。くちばしの白い白鳥に、黄色いくちばしのいる方向を指さして。彼もまた、彼なりの流儀で自然の楽しさ、美しさを感じているのだろう。

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3 comments to...
“いけばな”
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小橋昭彦

ということで、まずは「池坊」でしょうか。「草月」の情報も充実。ほか、「いけばなインターナショナル」などもどうぞ。


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こま

高校生時代に華道をかじって以来
いまでも家に生け花を絶やさないようにしています。
造花は生きた花の代わりにゼッタイならない
うまくはいえませんが生き物のよさがあります。

しかし、六角堂に行ったとき、
ここがいけばなの発祥の地かと感慨に浸りながら
ひとり、柳の枝におみくじを結びつけているときに、
突然首の下の背中の部分に何かが強く当たった!
一瞬何かわからなかったのですが、
私の頭上後方から前方に向かって飛び立つハトで
ハトにキックされたと気が付きました!
そのときには大勢のハトに取り囲まれていました。

おみくじ売り場にハトのえさも売っていますね。
おみくじを買うのをハトが見ていて
私がえさを買ったと思ったのでしょう。
(実際にはおみくじだけでえさは買わなかった)
「はやくえさをくれ」と催促したのでしょうか?
六角堂で遭遇した忘れられない「事件」です。


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栗原悦子

京都、大分長いこと行ってません。私は特に秋の京都が好きです。私の家族は母と姉が池坊で、私は広山流(池坊から枝分かれした流派で、皇室もそうだと聞いています)です。広山流の生け方は、極端に短くしたり、曲げたりせずになるべく自然の姿を水盤に生けるということを大切にしています。ある程度余裕のある空間が必要ですから、狭い部屋には不向きかもしれませんね。母や姉は「やっぱり池坊がすっきりしていて良い」と言うので、最近は生けていません(私のアパートが狭いのもありますが)。花や枝にも表と裏があって、どの角度が一番その花や枝が綺麗に見えるか(生きるか)を見極める目と心が大切です。それに全体のバランスもあるので、長年生けていても一つとして同じものはありません。今は「悦子流」で生けていますが、生けていると心に安らぎを感じ、優しい気持ちになります。私は流派には捕らわれず、色んな器にビー玉(重石と剣山の代わりにもなって、透明ガラスに入れるととてもきれいです)などを入れたりして楽しんでいます。たった一輪の小さな草花でも、お部屋にあると心を和ませてくれます。男性も是非生けてみてください。




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 ポンペイ遺跡の浴場跡から発掘されながらお蔵入りしていた壁画が公開されることになったと新聞にあった。ローマ時代円熟期の作品群。これまで非公開だったのは、絵が過激だったから。つまり春画だったわけ。 ポンペイは訪れたことが無いが、旅行者の手記を見ていると、なるほど、もともとその手の遺物がまちのなかに目立つらしい。立派な家ほど立派な男性のシンボルを玄関に掲げたり、寝室に絵を飾ったり。 文化の円熟とその手の芸術の円熟が並び立つのは別にめずらしいことでもなく、日本でも歌麿の『歌まくら』や北斎の『浪千鳥(なみちどり)』など、浮世絵の傑作とされる春画はよく知られたところだろう。中国でも春宮図といわれる図が残っている。日本の春画ほど局部をデフォルメすることなく、どこか全体の構図にも絵画的気配りが感じられるのは、国民性の違いかどうか。そういえば、ビデオにしてもインターネットにしても、新しいメディアの普及にはこうした側面が欠かせないという論もある。 フランスのショーベの洞くつの壁画がこのほどの調査で約3万年前のものと確認され、教科書でよく見かけたラスコーの約1万8000万年前からずいぶんさかのぼり、最古の壁画であることが確認されたという。これが春画なら話としておもしろいけれど、描かれているのは動物の線刻画。 3万年前から現代まで。人類はどんな対象をどんな媒体に描いてきたのか。時の流れに思いをはせる。

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 星の並びに神々の姿を見たり、火星に運河を見たり、ときには鯉の模様に人の顔を見たり。人は自然に作られたパターンに意味を見出しがちなもの。 たいていは勘違いで終わってしまうのだけれど、案外、そのうちいくつかはほんとうにそうとしか受けとれない模様になっていたりする。ポーランド科学アカデミーのカチンスキー、レガウィックというふたりの研究者が、実験によって、こうした自然のいたずらが実在することを確認した。 これは化学物質の混合物を利用して行ったもの。反応拡散系といって、皿の中に入れたゲル中を、異なる速度で拡散しつつ化学反応をおこす現象を利用した。皿の寸法を変えたり、特定の化学物質を加えたりしてさまざまに実験したところ、AからZまですべての文字ができたという。発表論文のスケッチを見ると、確かに、アルファベットにしか見えない文字が並ぶ。GやQのようなつきぬけるところがないのは愛敬だが、それも書体デザインの範囲内。新しいフォントとして提供してもいいんじゃないか。 もちろん、この実験がそのまま人面魚を説明するものではないけれど、自然はいたずらをするということが確かめられたのではある。世の中には、蝶の羽模様で数字やアルファベットすべて集めることも可能だそうで、宮古島の蝶園などで見かけることができる。 子どものころ、風邪をひいて寝込んだ午後、天井の木目にヒーローの顔を見たり動物の姿をたどったりしたものだった。団地の白い天井にそれは無い。実験レポートに目を通しつつ、子どもは天然木の天井の下で寝かせたいと、そんなことを思ったのだった。

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