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ちょっと知的な雑学&トリビア

2001年10月26日 【コラム
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 日々銀座を行き交う多くの人の、何人が「銀座発祥の地」の碑に気づいていることだろう。銀座という地名は、江戸幕府が銀貨鋳造所を置いたことに由来する。1612年になる前は、銀座は駿府(今の静岡市)にあった。
 銀座があれば金座もある。江戸時代、それは現在の日本銀行本店のある場所に置かれていた。黄金の国ジパングなんて表現を思い出すが、実際のところ日本でこれまで産出された金の総量は約1000トンだとか。世界では14万トンということなので、その0.7%。少ないようだけれど、日本の国土を世界の陸地面積と比較すると0.25%だから、陸地面積に対する金の産出量は確かに多い。もっとも「黄金の国」の由来は、金がヨーロッパでは主に棒状で保存されたのに対し、日本では延ばして壁にはりめぐらしたりしたことが背景にあったようだ。
 現在日本での年間生産量は約160トン。世界ではおよそ年間2500トン、第一位は約500トンを産する南アフリカだ。ちなみに500トンの金を生産するには7000万トン以上の土を掘削しなければならないという。この土の量はクフ王のピラミッドより多い。
 ピラミッドといえば、「金字塔」という言葉は、金そのものとは関係なく、金の字のような形、つまりピラミッドのような建造物のことを意味していた。それほど作るのがたいへん、というところからきている。
 有事とあってこのところ金投資への関心が高まっている。浮いた情報に惑わされない、まさにひとりひとりの判断が試金石(こちらはその名のとおり金の純度を判定するための石のこと)にかけれらる場面が増えている。

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5 comments to...
“金”
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小橋昭彦

さいきんの本では『ゴールド 金と人間の文明史』が力作。サイトでは、「史跡佐渡金山」「黄金文化博」、三菱マテリアルの「金の情報博物館」及びその子ども向けの「きっずマテリアル<金>」などが参考になります。また「金座”小判のふるさと」もどうぞ。


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小橋昭彦

すみません、ウェブページの更新を忘れていました。


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ringito

質問です。「実際のところ日本でこれまで産出された金の総量は約1000トンだとか」で「現在日本での年間生産量は約160トン」だとすると、今までの1000年以上の総産出量をわずか6年ほどで生産していることとなりますが、これで間違いないのでしょうか。


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小橋昭彦

rigitoさん、ありがとうございます。

はい、ぼくも不思議に思っていろいろ調べたのですが、やはりこれで正しいようです。ただ、直接取材まではしていないので、多少丸めすぎた数字があるのかもしれません。引き続き、調べておきます。


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杉山

静岡の住人です。
静岡市には銭座町、金座町があります。
銀座は残念ながら地名には残っていません。
所謂、駅前銀座はありますけれども・・・




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 あいかわらず数字にこだわっている。ラッキーセブンはいいとして、日本での聖数といえば八。末広がりだからというのは漢字伝来以後の理屈であり、八百万神(ヤオヨロヅノカミ)やヤマタノオロチにみられるように、それ以前から神話などに登場している。八には多いという意味があったから、極限の数への尊重の思いがあったということだろう。 そういえば「一か八か」という言葉があったと思いだす。一は丁、八は半の字の上半分を取ったもので、丁半賭博からの言葉という。ついでに「ピンからキリ」にふみこむ。ピンはポルトガル語のpintaといい、サイコロの一の数。キリの方は「限り」の意味の「キリ」らしい。相撲で余興として演じられる「しょっきり(初っ切)」などと同じ用法だ。 で、初めから最後まで数える、その数え方も世界にはいろいろあって、ぼく自身は習ったことがないけれど、ドイツ語では21を1と20というそうで、1の位と10の位が逆転している。英語は20と1だけれど、シェイクスピアはone and twentyという表現も利用している。英国本土はその昔ゲルマン系の民族が入ってきたわけで、その名残というわけだ。ちなみにtwenty oneという順序になったのは、11世紀以後フランス語が公用語になった300年間のこととも推測されている。 21。数え方はともかく、この数字には甘美な響きがある。サミュエル・ジョンソンの詩「One-and-Twenty」にいわく、「風のように激しく、羽のようにかろやかに」。21歳。あのころに、いまと同じだけの探究心があればと、今にして思う。

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 水中に電波は通らない。だから超音波による探索が重宝される。ソナーだけで敵艦の情報を探る潜水艦内での息づまるような瞬間。それを知っているような気になるのは、小説あるいはコミックスの影響だろうか。 潜水艦の探知に超音波が利用されるようになったのは1916年に超音波ソナーが開発されて以降のこと。一方、魚群探知機は、今から半世紀あまり前、日本人によって発明された。いまや漁船に欠かせない装備だ。 ちなみに、魚群探知機は超音波が反射されかえってくるまでの時間と反射波の強弱を利用して魚群を探知している。反射波が強いほど魚群の密度が濃いことは感覚的にわかるけれど、画像が大きいほど深いところにいるというのはちょっと意外かもしれない。しかし遠くからの反射ほど反射波は広がるわけだから、よく考えれば当然ではある。 人間は超音波をさまざまなことに利用している。個体内部の傷を探し出したり、ガラスなどを加工したり、電子機器部品を洗浄したり、胎児を診察したり、筋肉痛を癒したり。 ぼくたちにとって、音の役割はあんがい大きい。ゲームの場面転換を実感したり、映画のシーンで涙したりするのは、映像よりも背景音楽が寄与するところが大きいのではないか。ただ、日常生活の中で、見つめることはしても耳をすます経験は少なくなった気がする。 秋の夜長、虫の声に耳を傾けてみよう。

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