ざつがく・どっと・こむ
ちょっと知的な雑学&トリビア

ピンからキリ

2001年10月18日 【コラム
Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

 あいかわらず数字にこだわっている。ラッキーセブンはいいとして、日本での聖数といえば八。末広がりだからというのは漢字伝来以後の理屈であり、八百万神(ヤオヨロヅノカミ)やヤマタノオロチにみられるように、それ以前から神話などに登場している。八には多いという意味があったから、極限の数への尊重の思いがあったということだろう。
 そういえば「一か八か」という言葉があったと思いだす。一は丁、八は半の字の上半分を取ったもので、丁半賭博からの言葉という。ついでに「ピンからキリ」にふみこむ。ピンはポルトガル語のpintaといい、サイコロの一の数。キリの方は「限り」の意味の「キリ」らしい。相撲で余興として演じられる「しょっきり(初っ切)」などと同じ用法だ。
 で、初めから最後まで数える、その数え方も世界にはいろいろあって、ぼく自身は習ったことがないけれど、ドイツ語では21を1と20というそうで、1の位と10の位が逆転している。英語は20と1だけれど、シェイクスピアはone and twentyという表現も利用している。英国本土はその昔ゲルマン系の民族が入ってきたわけで、その名残というわけだ。ちなみにtwenty oneという順序になったのは、11世紀以後フランス語が公用語になった300年間のこととも推測されている。
 21。数え方はともかく、この数字には甘美な響きがある。サミュエル・ジョンソンの詩「One-and-Twenty」にいわく、「風のように激しく、羽のようにかろやかに」。21歳。あのころに、いまと同じだけの探究心があればと、今にして思う。

Share...Share on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

9 comments to...
“ピンからキリ”
Avatar
小橋昭彦

今日の没ネタ。被子植物の花粉誘引細胞特定(高知8月24日)。アフリカゾウ、草原と森林で遺伝子に差(高知8月24日)。人間に長寿遺伝子(日経8月28日)。ウナギの謎の産卵地探索、一歩前進(朝日9月3日)。


Avatar
冨沢

私は中国貿易をしていますが。
中国でも8が幸運な数字とされており
電話番号xxx-8888とか車のナンバー
8888などは高額で取引されています。
理由は漢字の末広がりだと思うのですが
はっきり分かる人が居ません。
日中の関係が弥生時代頃まで遡ると考えれば
日本の8信仰も中国の影響が強いように
思えます。


Avatar
sh

「キリ」は「クロス」=十字、といった言葉からの転という説も聞いたことがあります。


Avatar
ながさわ

21と云う数字が何度も出てきますが、21って云えばBlackJackを思い出したのは私だけ?
BlackJackの役にも777が強いってのがありますね……と、おとといのネタに戻ったりして


Avatar
マナベ

花札説(1月をピン、12月をキリ=桐)を今まで信じてました。
さらに12月が桐になったのは、小タロットの最後のカードが王(キリ)であるところからという話もあります。
しかし、キリ=王だとすると、「ピン=最上位・キリ=最下位」はまちがっているような。


Avatar
ほんちゃん

一は半で、八は丁ではないでしょうか?


Avatar
小橋昭彦

確かに、目が揃った、つまり「調」「重」である「丁」は偶数で、目が揃わない中途「半」端な「半」は奇数ですね。だからそのままなら、ほんちゃんさんのおっしゃるとおりです。

まあ、でもそれにこだわらず、純粋に「丁か半か」を文字遊びから「一か八か」といった賭博用語ってことで理解していいのではないでしょうか。


Avatar
kawamura

twenty one 21才
真実に、何と甘美な響きでしょう。
巷を闊歩していた頃の姿が思い浮かびます。
確か、有吉佐和子の 「木瓜の花」 の中だったと思いますが、老齢になった友達同志の一人が「若い頃に今のような 知恵を持っていたら、人生変わっていたかも知れない」と
言うくだりがありました。
まだ、若い頃でしたが印象的な言葉でした。
現在、半世紀を過ぎた年になりましたが、
若い時に、そのような知恵がないからこそ、人は
様様な人生を生きていけるのだと思います。
冒険もできるし、失敗もする。
人生の終わりに、それぞれの思いはあるでしょうけど
振り返ってみて、21歳の時の自分、31歳の時の自分、、、
そして、現在の自分、、、
大切に、大切に思い起こして、懐かしみ、さらに
希望を持ちこれからを過ごして行きたいと思います。


Avatar
ukigusa

昔、企画会社に籍を置いているときに、企業の○周年イベントの受注を目指して、いろんな数字に凝ったことがあります。そのときに、「8」について調べたことがありました。

「8」は、日本では末広がりですが、西洋では「復活・再生」を象徴するという説があり、キリストの復活が8日目であったこと、音階のドレミが7音で8音目に、もう一度ドに戻る、というのも、そうした思想の裏付けがあってのことであると・・・。

この数字の逸話を盛り込んだ記念イベントのプランが採用されたこともあって、それ以来、私のラッキーナンバーは8になりました。




required



required - won't be displayed


Your Comment:

 昨日「777」をとりあげ、そもそもなぜラッキーナンバーが7なのだ、と気になった。フランクリン・ローズベルトは金に対するドルの上げ幅を決めるとき、7の3倍でラッキーナンバーだからということで21セントに決めたという話もある。 ローズベルトは数字の神秘にこだわった人のようで、出席者が13人の会議では重要な内容の場合でも秘書を加えたという話が伝わっている。最後の晩餐の人数と同じというのは避けたかったのだろう。そのアメリカが独立時13州から始まったというのは皮肉かもしれないけれど。 さて、ラッキーセブンという考え方は1930年代、大リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツがしばしば7回に逆転劇を演じたことからと平凡社の世界大百科にある。 とはいえ、それももともと7が聖数として認識されてきたからこそ。こちらはかつて地球のまわりを回っていると信じられていた5惑星に太陽と月を加えた7という数字、さらには月の満ち欠けの周期を四区分すれば一区分が7日になるという区切りのよさが背景にあった。それが聖書のなかに取り込まれ、聖数として広まる。 7に限らずもともと奇数は好まれる性質があるようで、中国の陰陽思想でも奇数は陽数として好まれ、その影響からか日本でも七五三など行事になっている。ピタゴラス学派もニ分割して神である「1」の残らない偶数を空虚な数とみなしたという。ユングのように奇数は計算がめんどうだから崇拝される、と理由づける論もある。 もちろん、一方で北アメリカのインディアンのように四方につながる4を神秘の数ととらえたり、西洋でも四元素の意味で4に超自然的な力を求めたりする考え方もある。 聖数、忌数については調べ始めるとどんどん奥が深くなってしまう。コンピュータに扱わせると単なるビットかもしれない、そこに神秘を見出すのが人間の力だなあ、なんて感動しつつ、調べを進めた。

前の記事

 日々銀座を行き交う多くの人の、何人が「銀座発祥の地」の碑に気づいていることだろう。銀座という地名は、江戸幕府が銀貨鋳造所を置いたことに由来する。1612年になる前は、銀座は駿府(今の静岡市)にあった。 銀座があれば金座もある。江戸時代、それは現在の日本銀行本店のある場所に置かれていた。黄金の国ジパングなんて表現を思い出すが、実際のところ日本でこれまで産出された金の総量は約1000トンだとか。世界では14万トンということなので、その0.7%。少ないようだけれど、日本の国土を世界の陸地面積と比較すると0.25%だから、陸地面積に対する金の産出量は確かに多い。もっとも「黄金の国」の由来は、金がヨーロッパでは主に棒状で保存されたのに対し、日本では延ばして壁にはりめぐらしたりしたことが背景にあったようだ。 現在日本での年間生産量は約160トン。世界ではおよそ年間2500トン、第一位は約500トンを産する南アフリカだ。ちなみに500トンの金を生産するには7000万トン以上の土を掘削しなければならないという。この土の量はクフ王のピラミッドより多い。 ピラミッドといえば、「金字塔」という言葉は、金そのものとは関係なく、金の字のような形、つまりピラミッドのような建造物のことを意味していた。それほど作るのがたいへん、というところからきている。 有事とあってこのところ金投資への関心が高まっている。浮いた情報に惑わされない、まさにひとりひとりの判断が試金石(こちらはその名のとおり金の純度を判定するための石のこと)にかけれらる場面が増えている。

次の記事