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ちょっと知的な雑学&トリビア

米づくり

2001年9月10日 【コラム
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 稲刈りの終わった田を見わたして、ふうと息をつく。このあと稲は乾燥させ、もみすりをし、玄米でなければ米をつき、そうして食卓に届けることになる。
 親の手伝いをしてばかりで、全体にはこれまで気をつかっていなかった。それでたずねてみたところ、収量は10アールあたりおよそ400キロというところだとか。親二人に子ども一人のわが家で1カ月およそ10キロの米を消費するから、ようやく3家族を年間養えるというところか。
 10アールといってもわかりにくいかもしれない、1000平方メートル。横幅10メートルなら100メートル。陸上の公認競技場の場合、直線部は9レーンあって幅11.25メートルだから、オリンピックなどの100メートル走でみんなが走っている、あの広さで核家族3から4家族を養える米がとれると、まあそんなイメージでいいだろう。
 もっともわが家の場合は有機肥料だから収量は平均より少ない。地域によっても差があって、多くとれるところでは500キロなんてところもあるようだ。
 ちなみに、現在の収量の背景には品種改良や栽培技術の進歩があるわけで、平安時代だと、状態がよい水田でも1000平方メートルあたり120キロ程度だったと考えられている。さらに時代をさかのぼって、米づくりの初期はどうだったか。約2400年前、縄文時代末期とみられる国内最古級の宮崎県都城市の坂本A遺跡で行われた調査の結果が発表された。
 調査ではプラントオパールを数えている。稲に含まれるケイ酸体が土の中に残されたものだ。結果は、土1グラム中約2000個。上層の平安時代に比べおよそ5分の1。とすると、年間せいぜい24キロ。水田の面積は約500平方メートルというから、年間収量は12キロということになる。常食として食べるほどの量もない。儀礼用など特別な食糧として栽培した可能性があるとか。
 稲作は数千年前からこうして進化してきた。稲を刈るコンバインにとびのってきたアマガエルやバッタを見つつ、おまえたちはぼくたちと米づくりの関係をどのように見てきたのだろうなと、そんなことを考えている。

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4 comments to...
“米づくり”
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小橋昭彦

[2001.09.10]
猛暑の原因はインド洋の「ダイポールモード現象」か(日経7月14日)? ニコライ2世の遺骨はやっぱりニセモノ(朝日7月17日)。内戦の紛争でダイヤが武器購入の資金源になっているアフリカ(朝日7月19日)。


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ながさわ

10a = 10m * 100m
……ほほう
10a = 1反
って方が判りやすい、農家の息子。
(すると、品川区五反田には50aの田んぼがあったのか?)

ウチは東北地方の山間部なので、稲刈りはまだです。
田植え&稲刈り。どちらも稲作農家の大行事ですが、稲刈りの方が大変です。は0、もう少しでその季節なのですね……。


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ぱむぱむ

昔、実家は百姓でした。
子供ながら田植え、稲刈りは手伝いました。
今でも、苗を田んぼに投げ込むときの感触、指の股から涌き出る泥の感触、水の冷たさは憶えています。
夏、田んぼの上を流れてきた風の心地よさも思い出すことがあります。稲刈りの時の鋸鎌の「ゾリッ」という感触もこの手が憶えています。
なつかしいなぁ。
あの頃の春山の新芽が萌えるにおいも忘れかけている気がする。

PS.HOWKS。賛成です。・・・・・がいまは実現する手立てが見つかりません。人生の読みが甘かったことを反省している今日この頃です。何故子供と一緒にいなければならないか。子供の頃は良くわかっていたはずなのに、いつのまにか、かけ離れた場所に立っている。
みんなが置き忘れた(フリをしているだけかな?)ライフスタイル、できない人はともかくできる人はがんばってください。賛成です。


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小橋昭彦

ながさわさん、確かに、ふだんは「反」を使いますね。うちはもう稲刈りは終わり。いつもほかより早めです。

ぱむぱむさん、ありがとうございます。それにしても、その田の記憶は昔ながらの風景ですね。いまではすっかり機械化されていますです。田の隅は手でやるにしても。




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 昭和42年に出て、ぼくたちが読み聞かせてもらっていた昔話の本を、古い書棚から引っぱりだして子どもに読んで聞かせる。「かちかち山」だ。 そして、それがひどく残酷な物語であることに今さら気づく。いたずらタヌキはおばあさんをだまし、縄を解いてもらうとひと殴り。おばあさんに化けておじいさんの帰りを待つ。帰ってきたおじいさんに「タヌキ汁ができているよ」。食べ始めるおじいさんに「たぬきじるだと だまされて ばばじるを くう じじいよ ながしの したの ほね みろ」。そこには、おばあさんの骨。 さすがにためらいつつ読んだのだけど、テレビなどではちょっとしたけんかシーンさえ嫌う子どもも、なぜかすんなり、お気に入りの物語となった。 新しくはじまったウルトラマンシリーズでは怪獣を倒してばかりじゃないのだとか。そんなご時世に、かちかち山の物語がどうなっていくかと思わなくもないけど、この残酷さあってこそ、悪と善の境界がはっきりする。悪が際立ってこそ、うさぎがたぬきをこらしめるシーンがいきてくるし、なにより現実ときっかり線をひいた「ものがたり」世界を宣言することにもなる。 グリム童話なども初版はもっと残酷だったとしばらく前に話題になった。おおらかな残酷さは、物語と現実にはっきり線がひかれていた時代の遺物になるのだろうか。いまも残酷があふれる世ではあるけど、仮想現実下ではそれはただ残忍なだけ。 かちかち山を、古い書棚から新しい書棚に移した。

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 どうせならもっとはやくにテーマにしてほしかったと言われるかもしれない。ごめんなさい。この夏、みなさんの日焼け具合はいかがだったでしょうか。 このところの美白ブームもあって、今年は日焼けどめクリームがいっそう活躍したのでは。ちなみに、日焼けどめ化粧品の成分は、紫外線吸収剤と散乱剤。吸収剤は紫外線のエネルギーを吸収して熱として放出、散乱剤は微粒子の酸化亜鉛などを利用してはじきとばす。 もちろんそれなりの効果はあるのだけど、問題はメーカーが期待する量より少なく塗る人が多いこと。顔に塗る量は1グラムが適切とされているのに、多くの人は半分くらいしかつけていない。これだと効果は4分の1になってしまう。これでいいかな、と思った量の倍が適量ということ。 また、紫外線は散乱光が多い。日射の場合は8割が直接あたるとされている一方で、紫外線は6割が散乱光。屋内ならともかく、屋外ならたとえ木陰といえども安心できない。 今ひとつ、日焼けにとって気になる実験を大阪市立大学の研究チームがまとめている。マウスを3群にわけ、紫外線をあてない群、耳の皮膚だけにあてる群、目だけにあてる群のそれぞれを作って実験したそうだ。耳の皮膚にあてたマウスでメラニン色素ができるのは当然として、なんと目だけにあてたマウスでも、耳にあてたのと同じ量のメラニン色素ができたとか。 これは目から入った紫外線情報が三叉神経を通じて下垂体に伝わり、メラニン色素を作れという指示が出るためとみられている。そのまま人間にあてはまるかどうかはともかく、日焼けを防ぐためには、長そで長ズボンだけではなく、サングラスも準備したほうがいいようではある。 それにしても、オゾン層破壊もあって太陽の光をすなおに喜べない世の中になった。日焼けコンテストなんてしていた子ども時代が、ちょっと懐かしい。

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