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ちょっと知的な雑学&トリビア

新大陸の馬

2001年9月03日 【コラム
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 ジョン・フォードの名作『駅馬車』を見返す。その戦闘シーンのスピード感は今も迫力をたもっている。主人公たちを乗せて草原を疾駆するのが馬車なら、先住民たちが山肌を駆けおりて走らせるのもまた馬だ。
 それで、ふと先住民たちはいつ頃から馬に乗るようになったのかと気になった。調べてみると、アメリカ大陸と馬にはドラマチックな物語がある。1万年ほど前までウマ科動物の宝庫といわれるほどに多くいたのが、環境の変化や人間に捕獲され食べ尽くされて、8000年前までにはいなくなっていたのである。
 その後、大航海時代にスペイン人が馬を持ち込み、それが野生化する。17世紀初頭のアルゼンチンの草原では、馬がうじゃうじゃといっていいほどに繁殖していたそうだ。コロンブスもまた馬を積んで新大陸に向かっている。大陸の移動手段に馬は欠かせず、その後も多くの馬が新大陸に渡り、やがて17世紀のはじめ頃までに、先住民も見習って巧みな騎乗者になっていたという。
 異文化と馬の出会いといえば、十字軍のエピソードもおもしろい。十字軍は牡馬に乗っていたのだけれど、対するイスラム軍は牝馬が中心。砂漠地は飼料に乏しいので、繁殖をおさえるため、牡は種牡馬をのぞいて処分されていたのだ。十字軍の牡馬のなかには戦いの場で発情し、味方をすて敵の牝馬に身を投じたものもいたとか。
 真偽のほどはしらない。ともあれ、十字軍にとって、当時から優秀とされていたアラブ馬は衝撃だったろう。
 いまも馬力という表現が残るけど、産業革命が起こる前まで、つまりほんの少し前まで、ぼくたちはずいぶん馬にお世話になってきたのだ。

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2 comments to...
“新大陸の馬”
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小橋昭彦

講談社現代新書の『馬の世界史』がおもしろかったです。Webサイトでは、「horse school」「しげさんの馬三昧」「十勝馬の道連絡協議会」「馬と人の資料館」「馬の情報館」などをどうぞ。


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小橋昭彦

馬についてはこれまでにも何度か「絵馬」「汗血馬」などのテーマでも取り上げています。なんと、創刊第7号も馬がテーマなのでした。98年1月19日。もう3年半以上も昔。再録しておきます。なんだか上達していないなあ。涙。

馬の気持ち

 17日付の「1/365の埋め草」でもやってしまったが、生物と数字についてもう少し。動物の知能を比べる手法の一例として、体重と大脳の重量比を比較する方法がある。人間を1.0とすると、類人猿が0.35、馬0.14、犬0.12、猫0.09となっている。
 馬好きの人には自明のことかもしれないが、このことから馬もそこそこの知能を持っていることが分かる。実験によると、馬は未知の場所にいくとき、親しい人とともに行ったほうが心拍数が低い。また、人が平常心で近づくと馬も平静でいるが、ドキドキしながら近づくと馬の心拍数もあがるとか。馬は特定の個人を識別するばかりか、その表情から人の心も読むのだ。
 そういえば昔、飼っていた牛の前でその牛をせり市に出す話をしていたら、牛がぼろぼろ涙をこぼしたことがある。あれは偶然だったのかどうか。ちなみに牛の体重・大脳重量比は猫と同じ0.09なのだけれど。




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 今日は最初に1分ほど時間を。目を閉じて、あるいは紙と鉛筆を手に、あなたなりの妖怪を作っていただけませんか。姿かたちと特徴を決めて、命名もどうぞ。 さて、いかがでしょう。 じつをいうとこれがけっこう難しく、ぼくも頭が堅くなったなあ、とちょっと落ち込んだ。純粋にトシのせいならいいけど、時代のせいで、みんながみんなそうだってことはないだろうな、と思った次第。このところ妖怪人気のようだけど、皮肉にも妖怪のすむ土壌は、世の中からなくなった気がしてしかたないのだ。 このほど新たに見つかった江戸時代の絵巻から、新顔の妖怪があらわれたという。波が竜の形となった波蛇(なみじゃ)、牙と角をもった蟹鬼(かにおに)、渋い顔をした充面(じゅうめん)。有夜宇屋志(うやうやし)や真平(まっぴら)なんてのもいて、説明はないけど、さてどんないたずらをするのか気になる。 これら妖怪の数々に、豊かなもうひとつの世界があったことを思い出す。天狗や河童から児啼爺 (こなきじじい)まで、日本にはかつて数百という妖怪が住んでいた。ぼく自身、田舎に暮らした少年時代は、妖怪世界の隣にいたのではなかったか。闇の中、風にせせらぎのような音をたてる竹やぶ、すすだらけの屋根裏の奥にかさこそと這い回るなにものか。 妖怪が身の回りからいなくなったのは、闇がなくなったことと無関係ではないだろう。ぬばたまの夜なんて言葉も今はほとんど聞かれず、世の中リアルな恐怖ばかりで妖しさは薄れてしまった。 それにしても、追い出された妖怪たち、いったいどこに行ったのか。満員電車の片隅やマウスの下にでも隠れていないか。

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 昭和42年に出て、ぼくたちが読み聞かせてもらっていた昔話の本を、古い書棚から引っぱりだして子どもに読んで聞かせる。「かちかち山」だ。 そして、それがひどく残酷な物語であることに今さら気づく。いたずらタヌキはおばあさんをだまし、縄を解いてもらうとひと殴り。おばあさんに化けておじいさんの帰りを待つ。帰ってきたおじいさんに「タヌキ汁ができているよ」。食べ始めるおじいさんに「たぬきじるだと だまされて ばばじるを くう じじいよ ながしの したの ほね みろ」。そこには、おばあさんの骨。 さすがにためらいつつ読んだのだけど、テレビなどではちょっとしたけんかシーンさえ嫌う子どもも、なぜかすんなり、お気に入りの物語となった。 新しくはじまったウルトラマンシリーズでは怪獣を倒してばかりじゃないのだとか。そんなご時世に、かちかち山の物語がどうなっていくかと思わなくもないけど、この残酷さあってこそ、悪と善の境界がはっきりする。悪が際立ってこそ、うさぎがたぬきをこらしめるシーンがいきてくるし、なにより現実ときっかり線をひいた「ものがたり」世界を宣言することにもなる。 グリム童話なども初版はもっと残酷だったとしばらく前に話題になった。おおらかな残酷さは、物語と現実にはっきり線がひかれていた時代の遺物になるのだろうか。いまも残酷があふれる世ではあるけど、仮想現実下ではそれはただ残忍なだけ。 かちかち山を、古い書棚から新しい書棚に移した。

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