そう、わが家にも井戸があった。汚れて帰った夏の午後、腕に足に、ひんやり冷えた水を浴びた。スイカをつるして冷やしたりもしたっけ。あの井戸水は、どのくらいの年を経た地下水だったろう。
地下水の年齢は、地域によっておおきな差がある。乾いた土壌ほど、水の流れは遅い。アフリカのサハラ砂漠などでは流速は年1メートルから2メートル、水の年齢は2万年から3万年という。関東地方の地下なら、おおよそ数十年から百年。幕末の志士の肩を濡らした雨が、あなたの目の前で湧き出ていることもあるかもしれない。
地下水の年齢は、トリチウムなどの放射性同位体を利用して決定する。誤差があるので正確な年代決定は難しいけれど、1953年以前のものかどうかはわかりやすい。1952年に開始された水素爆弾の地上実験の影響で、それ以降に地下に入り込んだ地下水は、トリチウム含有量が多くなっているから。
トリチウムの半減期は12.4年。実験終了後30年以上経つけれど、まだ平常値には遠い。環境省による日本の名水100選を見れば、湧水と呼ばれるものが多い。多くの人が認める地下水の貴さ。その長い旅程に、現代人があまり深い痕跡を残していなければいいのだけれど。
ちなみに温泉水の起源も、いったん地中に入った天水。火山地域ではこれにマグマが冷えて固まったときに分離される「初生水」が混合する場合も多いようだ。初生水はその名のとおり、地球の水循環とは孤立して、いわば地球創生の原材料から生まれた、まさに初めての水。
湧水を口にし、あるいは温泉に身をひたす。そのとき、ぼくたちはたしかに、地球と会話をしている。
まず参考書として、『水の自然誌』をおすすめします。地下水のトリチウム測定については、「農業工学研究所」内の「水中のトリチウムによる地下水の流れのレポート」や、東京都の「トリチウムによる地下水の年代測定」などをご参考に。また、初生水については、「温泉の科学」内、温泉水の起原の話などをご参考に。環境省「名水百選」もどうぞ。「地下水学会」というのもあります。