小橋 昭彦 2001年3月21日

 混一疆理(こんいつきょうり)歴代国都之図として知られる古地図がある。元末・明初の中国で作られ、朝鮮使節によって編集しなおされたとされる世界地図(日経2月18日)。当時の中央アジアの視点からの世界図だ。
 龍谷大学図書館所蔵のこの図は、日本が九州を北にして90度傾いた南北に長い国として描かれており、邪馬台国論争で取り上げられることも多い。しかし島原市の本光寺に、こちらは混一彊理歴代国都地図と呼ばれるほぼ同一の地図があって、そこに描かれた日本は通常の向きだ。
 注目したいのは、日本の向きよりもむしろ、西の方。どちらの地図でも、ヨーロッパは地中海を持ったものとして描かれているし、アフリカは南が海に囲まれたものとして描かれている。ヨーロッパの人たちが喜望峰を知るのは15世紀末のこと。地図は、それより100年は古い。
 西洋が大航海時代を経て「世界」に乗り出す以前に、内陸に巨大な国家を築き、世界を視野に入れていたモンゴルの遊牧民たち。その触手は当時、日本にも伸びた。1274年と81年の「元寇」、神風の言葉を生んだモンゴル襲来だ。
 世界史を学んでいると四大文明から発しそれらが変遷するとでもいった歴史になってしまうし、日本史を学んでいると元寇の背景にある巨大な国家は見えてこない。あとひと息、視点を広げて眺めることの大切さ。そんなことを、ふたつの「混一疆理図」が教えてくれる。

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2 thoughts on “混一疆理図

  1. 混一疆理歴代国都之図については龍谷大学の「図書館の貴重書」でみることができます。一方、混一彊理歴代国都地図の方は「古地図・絵図」でどうぞ。これら地図とモンゴルについては『世界史を変貌させたモンゴル』(杉山正明著、角川書店)に詳しいです。その著者インタビュー「モンゴル帝国の盛衰”世界を変えた遊牧民」はおすすめ。「モンゴル国大使館」もどうぞ。

  2. 地図と言うものは不思議な位
    私個人の風景を規定します
    ランドサット画像で細かなところまで知ることが出来る
    にも関わらず
    私個人の時間軸にある地図は微妙にずれます。
    南半球で購入したした地図は南極が上でした
    それを観たとき。
    太平洋の最北、東アジアの口に日本があり、妙な感覚に
    なったことを覚えております。

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