小橋 昭彦 2004年8月5日

 個体数が増えすぎたレミングは、集団で海に飛び込んで自殺する。広く信じられている都市伝説だ。ルーツは、ディズニーが1958年に公開した記録映画『白い荒野』だとみられている。この映画に、集団で北洋に飛び込むレミングの群れがとらえられている。
 以来、レミングの集団自殺は生物学者を悩ますことになる。進化の視点からは、いくら集団にとって有利でも、個体にとって不利な性質が伝わることは考えにくい。そこで、餌場を求めて集団移動する途中で事故にあっているという仮説、雌をめぐる争いに敗れた雄が、他の可能性を求めてなわばりを離れるという仮説などが出されてきた。
 カナダ放送のプロデューサーが1983年に発表した調査では、映画そのものがヤラセであったと指摘されている。映画の撮影地はレミングの繁殖地ではない。そこで撮影隊はイヌイットの子からレミングを購入し、それらを驚かすなどして海に追い込んだ映像をたくみに編集したのだと。
 レミングが一定周期で大量発生と激減を繰り返しているのは事実だ。15年余りの現地調査をした研究者らによると、レミングが増えると天敵のオコジョなども増える、その結果捕食されて減少する。すると今度は天敵が飢えて減りレミングは増加する。シンプルな弱肉強食の世界だ。科学的にはレミング論争に終止符を打ちそうなこの研究発表も、都市伝説を終わらせられるかどうか。そもそもなぜレミング伝説はこうも広まったのだろう。
 ジェイムズ・サーバーに「レミングとの対話」という掌編がある。終盤、科学者がレミングに問う。「どうしてきみたちはみんなして海に飛び込むんだ」。レミングは答える。「どうして人間はそうしないんだ」。そう、ぼくたちはレミングの都市伝説を聞くとき、無意識にこの反問を聞いている。それは科学的真実より重く、だからこそぼくたちは都市伝説を語り伝えるのだろう。その反問が有効な限り、おそらくはこれからも。

4 thoughts on “レミングの自殺

  1. まずは論争に終止符を打ちそうな論文「Cyclic Dynamics in a Simple Vertebrate Predator-Prey Community」を紹介します。これについては「Predators Kill Lemmings Not Suicide」などで伝えられています。ディズニーの映像はフェイクだったという話は、「Lemming Suicide Myth Disney Film Faked Bogus Behavior」に詳しいです。「Lemmings dying on camera」「White Wilderness」などでも触れられています。レミングの繁殖地については「Hinterland Who” s Who – Lemmings」にも詳しいです。進化論からみた集団自殺については「集団選択の理論」を参照してください。最後にサーバーの作品ですが、サンリオの『ベストSF1』などに入っていたもので、それも絶版ですし、残念ながら手に入りやすい形ではありません。ちょっと反則ですが、気になる方は「Interview with a Lemming by James Thurber」あたりのキーワードで検索かけてみてください。転載しているページがあったりも。

  2. いつも楽しく拝読させていただいております。
    「どうして人間はそうしないんだ」という問いかけに対してはもはや、「いや、人間もそうしているよ」と回答をするような状況ですね。
    日本においては出生率が下がりつづけ、本日の新聞では、増加率が過去最低とのニュースが。
    精子の数も減りつづけ、セックスレスが増え….
    皆さんはどう思いますか?

  3. あげ足取りみたいなんですが、「都市伝説」というのは「口裂け女」のように主に都市やその周辺地域にまつわる、出所不明の奇妙な噂話や奇怪なほらなどのことです。レミングの話は都市周辺の話ではないですし出所が明らかですので、都市伝説のカテゴリーには入りません。というより「俗説」とか「怪説」とかそちらにあたるんじゃないでしょうか。

  4. ありがとうございます。コラム内であえて「都市伝説」と表記する必然性はないので、修正いたします。

    ちなみに、コラムを書く段階では、都市伝説の定義を「実体は怪しいのに多くの人から信じられている話」あたりが一般的と考えて表現しました。

    ところで、ディズニーが流布・定着させたのは確からしいですが、そもそもなぜディズニーがそんな話を映像におさめようとおもったのか。先行する伝説があったのかどうか。気になるところです。

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