通称、アイスマン。アルプスの雪の下から、死後10年も経っていないと思われる状態で発見された。46歳、身長およそ159センチ。最後の半年に3度大病を患っている。鍼治療のあとと思われる入れ墨が、関節炎にかかったときのツボ周辺に見られる。もっともレントゲン写真では関節炎の証拠がなく、鍼治療の起源論争はひとまず延長戦。彼が命を落としたのは、実際には5300年前。
彼の最後の旅は、アルプスの南、今ならイタリアのユヴァル城があるあたりから、直線距離で15キロの歩きだった。標高差2000メートル以上の山を登り、そこで息絶える。季節は、おそらく春。こうして具体的にわかってきたアイスマンの様子に触れつつ、ひとつのことが気になっていた。靴だ。アイスマンは、皮をていねいに縫い合わせた靴を履いていた。中には草が敷き詰められている。いまから5000年以上も前に、立派な靴を履いていたという事実。二足歩行をし始めて数百万年、ヒトはいつから靴を履くようになったのか。アイスマンのように寒さよけを目的とした閉鎖型のものと、サンダルのような開放型のものでは起源が違うかもしれない。
百科事典にあたると、少なくとも紀元前2000年ごろには古代エジプトの貴族たちがシュロの葉などで作ったサンダルを履いていたとある。とすれば、アイスマンの靴は、現存する最古のものということになる。その完成度からすると、おそらくはさらに古くから靴は伝えられてきたに違いない。
アイスマンの装備は、クマの毛皮の帽子や、火打石が入った小袋などずいぶん整っている。完全装備をして、彼はどこに向かおうとしていたのか。もちろん、それが平和なものとは限らない。彼の身体からは矢じりや刺し傷のようなものも見つかっている。5300年前、彼が歩んだのはどんな世の中だったのか。それは、今とどれほど違っていたのか。
「靴の歴史」「靴の歴史を散歩しよう」「はきもの世界史」「靴」などをご参照ください。アイスマンについては現在はイタリアの博物館「Iceman」でどうぞ。科学誌の特集「Ultimate Guide: Iceman」も充実。映像で楽しむなら「MYSTERY OF THE ICEMAN」。植物からIcemanの行程や生活を研究している「James Holms Dickson」博士のサイトもどうぞ。「鍼治療の起源は中国ではなく古代ヨーロッパにあった?」もご参照ください。
小橋様。いつも新鮮な切り口の話、楽しみにしています。
昔、経済学の講義で、
アリストテレスは「靴には二つの価値がある。靴として使用する価値と、靴以外のものと交換する価値」と、経済学で言う、「価値」の二面性をすでに知っていたと習いました。
他の講義は忘れてしまいましたが、「価値」とか「靴」とか聞くと、何時もこの話を思い出します。
はじめまして。
チロル山脈の中で発見された「エッツィ”」ですよね。
あのニュースが流れた時にとても興味深く感じた事を思
いだします。
「靴」。神話では翼を持った靴を履く神がいましたが、
彼は5000年を翼なしで超えてきたと言えますでしょ
うか。
さて、彼の”所有権”争いが、その後のニュースになっ
たと記憶しておりますが。
彼は故郷に帰れたのかどうか、ご存知でしたら教えて下
さい。
>彼の”所有権”争い
発見されたのがちょうど国境だったのでもめたのでしたね。今は上記でご紹介しているイタリアの博物館で眠っています。南から旅してきたことがわかってもいますし、故郷に帰ったことになります。