小橋 昭彦 2002年12月19日

 一夫一妻制とは何と尋ねられて、あらためて悩む。一匹の雄と一匹の雌が一定の期間つがいでいることと定義はできるが、どのくらいの期間かというと明確な規定は見つからず、では夫なり妻なりが浮気した夫婦は一夫一妻かと問われると、言葉につまる。
 そもそもオスとメスがあるから、惚れた振られたくっついたまたかけたとややこしい。なぜ単性の細胞分裂で繁殖しないのか。仮にオトコとオンナ以外にオントという性があって、三者が揃わないと子孫を残せないと想像すればわかるように、遺伝子を残すためには性はむしろやっかいで効率が悪い。ひとりだけでできる細胞分裂が確実だ。
 それなのにオスとメスがあって、両者の遺伝子を交わらせるメリットは何か。このところ評判の高いのが「赤の女王仮説」だ。オスとメスの遺伝子を混ぜ合わせることによって、遺伝子の構成を変え続けていくことが本質だという説。われわれは原虫類や病原菌、ウィルスなど、多くの寄生者に取り囲まれて生きている。それら寄生者は常に進化し、新しいタイプが生まれている。それぞれごとに対策を立てても間に合わないので、われわれとしてできることは、たえず自らの構造を変化させ、寄生種が進化したときにも耐えうる可能性を残すことしかない。
 赤の女王というのは、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する走り続けるキャラクター。なぜ走るのと尋ねられ、「同じ場所に留まるためには、力の限り走らなければならない」と答えている。われわれがわれわれであり続けるために、オスとメスがあり、交わることで新しい可能性を生み出し続けるというわけだ。
 せわしない年の瀬にこんな話を思い出すと、なんだか体の隅々までよけいにせわしなさを感じて、ふとアリスと同じセリフを返したくもなる。「そんなに走りたいとは思いません」と。それでもやはり、明日には向かわないとね。

6 thoughts on “赤の女王

  1. 似たような話として、お勧めは「竹内久美子」さんのシリーズです。
    「そんなバカな!」「浮気人類進化論」
    「小さな悪魔の背中の窪み」「パラサイト日本人論」
    「もっとウソを!」「BC!な話」
    「浮気で産みたい女たち(旧題:三人目の子にご用心!)」
    「シンメトリーな男」「私が、答えます」

    利己的遺伝子(Selfish Gene)を中心に
    どうしてオトコとオンナは違うのかあたりを面白く
    書いています。

    最近文庫本になったアランビーズ・バーバラビーズの
    「話を聞かない男、地図の読めない女」は、
    大脳生理学面から、面白く書いていてこれもまた
    参考になるでしょう。

  2. いま気づいたのですが、オトコとオンナとオントという3種類の性があったとしても、遺伝子のバリエーションを増やして子孫を残すには、「三者が揃う」必要はありませんね。どの性とくっつくかの選択肢が増えるということで。発想が固まっていました。

    #南上さん、ありがとうございます。竹内さんの著書、確かにおもしろいですね。

  3. 「アリス」は子供も大人もいろんなふうに読めて、ほんとにすごい童話ですね。詩人の吉岡実氏が生前、衝撃的な本として上げていたのを思い出します。
    なるほど赤の女王ですか。動きまわるもの(精子)と動かぬもの(卵子)との組み合わせ。
    南上さんにケチをつけるようで申し訳ないのですが、竹内久美子さんはどうでしょうか。読み物としては面白いのですが、内容はあまり信用しないのがいいのでは?と私は思っているのですが。気を悪くされたらごめんなさい。

  4. かなり昔に読んだので記憶に自信はないのですが、確かアイザック・アシモフの「神々自身」に、3つの性を持った生物が出てきたように思います。この生物の場合は、3者が揃わないと子作りができない設定だったと思いますが。

  5. 藤島さん、ありがとうございます!

    いやあ、ぼくもどこかで読んだと感じていたのですが、『神々自身』は既読だし、たぶんそれだったのでしょうね。SFにはほかにも3つの性が登場する作品がいくつかあるようですね。

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