小橋 昭彦 2002年11月28日

 コニー・ウィルスの『航路』を読む。臨死体験を科学的に追った小説だ。ぼくたちの認識と脳はどう関係しているのだろうと思いつつ、夜明けまで読みふけっていた。今年のベストのひとつ。こんなときは時間が短く感じられる。
 物理学的には時間に「流れ」はないと科学誌の特集にあって、はっとする。時間が対称でないのは熱力学の第二法則「エントロピーは増大する」などから導かれるが、それとて時間の矢があるというだけのことで、矢が飛んでいることを示してはいないと。北を向く方位磁石が南から北への移動を意味していないのと同じ。
 それでも、ぼくたちは時間の流れを感じる。それは、ぼくたちの心が生み出した幻想であるという。たとえば過去を覚えている、その過去と今が違うから流れを感じているだけかもしれない。時の流れは物理学的な説明ではなく、心理学、あるいは神経生理学に求めるほかなくなる。もしくはぼくたちの文化や言語の中に。
 たとえば神経生理学。デューク大学のメック教授によれば、ぼくたちの脳には、インターバルタイマーと呼ばれるストップウォッチがある。独自のテンポで発火するニューロンが関係しているらしい。ストレスに関係するホルモンはインターバルタイマーの進み方を速くする。だから、ストレスのある状況ではほんの一瞬が長く感じる。
 たとえば文化。社会心理学者のレヴィーンが、国ごとの時間感覚を調べている。都会の歩道を歩くスピード、郵便局員が切手の注文をさばく時間、公共時計の精確さの3つの指標で調べたところ、日本はもっともペースの速い国のひとつ。一方遅い国にはブラジルやインドネシア。
 時間の流れは一定のように考えがちだけれど、このように人が置かれた状況や文化の違いによって、さまざまな速さの時間が、この地球上で流れている。よどんだり急に速くなったり。ウィリスの『航路』は、ぼくをすばやい流れに乗せて、夜明けまで運んでくれたわけだ。

0

1 thought on “時の流れ

Leave a comment.

Your email address will not be published. Required fields are marked*