朝日新聞の「天声人語」に世界一長い物理実験が紹介されていた。オーストラリアのクインズランド大学で行われている石油ピッチの滴落下実験。粘度が高いため、1滴が落ちるのに8年ほどかかる。1927年からはじまり、8滴目が2000年の11月に落ちたところ。
後日、もっと長い実験が紹介される。1843年から続く、肥料が作物に与える影響を調べる実験だ。日本では、1930年から東大農学部の千葉演習林で行われている、モウソウチクの開花とそれに伴う枯死のしくみを解明する実験も息が長い。60年に1回しか開花しないといわれる竹のこと、開花したのはようやく1997年。300年計画の実験なのだとか。
これら息の長い実験の紹介を読みつつ、思い出したのはダーウィンのこと。ビーグル号での航海を終えて、彼はミミズの研究をはじめた。1837年、28歳のときである。手に入れた土地に白亜をまき、それが埋まる様子からミミズが土を食べて排出し、埋めていく過程を観察した。その期間、40年あまり。死の直前になってようやく、1年に6ミリほどの深さで土地を掘り返すという結論を得て報告書を出版する。
数学の分野では、解決にもっとも長くかかった問題としてギネスブックにも登録されているのが、有名なフェルマーの定理。彼がギリシア時代の数学者の本の余白にメモを残したのが1630年頃のこと。証明されたのが1995年。その間350年あまり、多くの数学者の挑戦が積み重ねられてきた。
息の長い実験に対して、科学の進歩のスピードという視点から皮肉る声もあるという。自分の身の回りを考えても、すぐに結果を出ることを求めている気がする。それとて本来はずっと長い視点で見るべきなのに、短い視点しか持っていないのではないか。数十年、数百年の視点を、ぼくは忘れかけていないか。
そう考えて、心の奥で想像する。クインズランド大学の滴や、ダーウィンのミミズ、千葉演習林のモウソウチクの花を。それからひとつ、深呼吸をした。
ダーウィンのミミズ研究については「ミミズをめぐって」という以前のコラムでも触れています。そのときに紹介している参考書などをどうぞ。フェルマーの最終定理については「フェルマーの最終定理」がおもしろいです。あと、ギネス記録を参照したいときは「Guinness World Records」ですね。
フェルマーの定理が解けたというのは、実はウソであるという話を聞いたのですが、本当のところはどうなのでしょう。